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2011年11月21日 (月)

中原中也が訳したランボー「食器戸棚」Le Buffet

中原中也訳の「ランボオ詩集」を
読み進めます。
「谷間の睡眠者」の次にあるのは
「食器戸棚」Le Buffetというタイトルの
これまで読んだ詩とは一風変わって
マチスに通じる室内描写か、と
目を凝らしたくなる作品です。

とはいっても
ランボーがとらえたのは
台所用品としての食器戸棚というより
古いワインの香りが心を引く
古物や古い下着類や布切れやレースなどがしまわれてある
収納用のタンスのようなもののアップで
第2連以下に登場するのは
婆さんの肩掛けや

探せばきっと出てくる恋の形見や
ブロンドの髪の束や
肖像画や
枯れてドライフラワーになった花や
それらには果物の香りさえほのかに漂う
クローゼットのような
押入れのような
不用品や思い出のつまった品々を収納しておくキャビネットに近いもののようです。

おお年季の入った食器戸棚よ!
お前は、知っているのだね、たくさんの物語を。
お前は、それを話したがっているのだね

しずかに
しずかに
その黒い大きな扉が開く時……。

「しずかに」を「徐かに」と当てる
言葉使いは
中原中也独特のものでしょう
詩人の実作の中で紡がれる言葉が
自然に翻訳の中に現われます。

開ける気持ちがあるならば
埋もれてしまった
誰も知らない歴史の秘密が
明らかになりますよ、などとランボーが言いたかったかどうか

中原中也には
「村の時計」(「在りし日の歌」)という作品があり
どこだかは特定できないある村に
古びた大きな時計があって
それは今でも時を打つ仕事をしている
時を知らせる前には
ぜいぜいと鳴る
それがどうしたという、なんのこともない内容の詩ですが
それを、ふっと連想させるかもしれません。

日常生活にひろったモチーフにしても
爆弾が仕掛けられてあるかにみえて
そうでもなさそうで
そのなんでもない情景描写にとどまるところがよい
これから何かがはじまる、というところで
終わってしまう詩――

 *

 食器戸棚

これは彫物(ほりもの)のある大きい食器戸棚
古き代の佳い趣味(あぢ)あつめてほのかな檞材。
食器戸棚は開かれてけはひの中に浸つてゐる、
古酒の波、心惹くかをりのやうに。

満ちてゐるのは、ぼろぼろの古物(こぶつ)、
黄ばんでプンとする下着類だの小切布(こぎれ)だの、
女物あり子供物、さては萎んだレースだの、
禿鷹の模様の描(か)かれた祖母(ばあさん)の肩掛もある。

探せば出ても来るだらう恋の形見や、白いのや
金褐色の髪の束(たば)、肖顔(にがほ)や枯れた花々や
それのかをりは果物(くだもの)のかをりによくは混じります。

おゝいと古い食器戸棚よ、おまへは知つてる沢山の話!
おまへはそれを話したい、おまへはそれをささやくか
徐かにも、その黒い大きい扉が開く時。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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