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2011年11月14日 (月)

中原中也が訳したランボー「谷間の睡眠者」Le Dormeur du val

中原中也訳「ランボオ詩集」の
4番目にあるのは
「谷間の睡眠者」Le Dormeur du valです。

この詩は
東京帝大仏文科の教官であった
辰野隆がその著作「信天翁の眼玉」(大正11年、白水社)で
原詩を載せて紹介したこともあって広く知られ
そのことばかりでなく、
幾つかの翻訳が早い時期から行われている
ランボーの作品の一つです。

中原中也訳のほかに
同時代訳として

高村光太郎訳「眠れる人」(明治43年)
蒲原有明訳「眠」(大正11年)
藤林みさを訳「谷に眠れる者」(大正12年)
大木篤夫訳「谷間に眠る人」(昭和3年)
三好達治訳「谷間の睡眠者」(昭和5年)
小林秀雄訳「谷間に眠る男」(昭和8年)
浜名与志春訳「渓谷の睡眠」(昭和9年)

――があります。(「角川新全集第3巻 翻訳 解題篇」より) 

ランボー初期の作品は
「ドゥエ詩帖」と呼ばれる自筆原稿があり
「谷間の睡眠者」もこの詩帖にあります。
中原中也訳の「ランボオ詩集」で
「初期詩篇」中の1番目の「感動」も
3番目の「びつくりした奴等」も
「ドゥエ詩帖」にある自筆原稿から起こされたものです。

ランボーの初期作品の大半が
この「ドゥエ詩帖」にあります。
「フォーヌの頭」に自筆原稿はなく
ベルレーヌの「呪われた詩人たち」に
引用されて作品として残ったのとは異なり
ランボーが清書して
自らの意志で発表しようとした詩篇群が
この詩帖の作品です。

「谷間の睡眠者」の冒頭もまた
この前にある「びつくりした奴等」に似て
遠景からの描写ではじまる詩篇です。

何度も何度も読んでいて
ようやく見えてくる
詩の構造ですが
構造が見えたところで
同時に詩内容の「逆転」に
読み手が投げ出されてあることを知る、というような詩です。

これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを小草(をぐさ)にひつかけ、
其処に陽は、矜りかな山の上から
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。

――これが、遠景からとらえられた
導入部の描写です。

どこだかの小川の
土手道にある窪地は
小さな草が緑なし
その上を太陽が燦々と降りそそぎ
あたり一帯を光が乱舞している
白昼(または早朝)の光景です

そこに
若い兵隊が一人
口を大きく開け
無帽のままで
朝露の落ちた草むらに
身を埋めて
「眠っている」……

草の中に倒れているのだ
雲の浮んだ空の下
蒼白な貌(かお)で
陽の光が降りそそぐ
草むらをベッドにして

両足を、水仙アヤメの葉むらに突っ込んだまま
「眠っている」、微笑をたたえ
病んだ子のように力なく笑い
夢の中。
自然よ
彼をあっためろよ
彼は寒いんだ!

どんな香りも彼の鼻孔をくすぐることもなく
陽光の中で、彼は「眠る」。
片方の手を静止した胸の上に置いている。
目を凝らせば
真っ赤な血で染まった、二つの穴がぽっかり
右の脇腹に開いている

 ◇

死という語は
見当たりません。
兵士は「眠っている」だけですが
兵士の死を歌った詩です。

ランボーにはほかに
この詩同様の
普仏戦争を題材にした作品で
「災難」
「シーザーの激怒」があります。

 ◇

遠景からの描写ではじまった詩は
終末で
接写になり
鮮血に染まった兵士の肉体の穴をとらえます。

詩人の眼差しは
カメラの眼――。

 *

 谷間の睡眠者

これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを小草(をぐさ)にひつかけ、
其処に陽は、矜りかな山の上から
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。

若い兵卒、口を開(あ)き、頭は露(む)き出し
頸は露けき草に埋まり、
眠つてる、草ン中に倒れてゐるんだ雲(そら)の下(もと)、
蒼ざめて。陽光(ひかり)はそそぐ緑の寝床に。

両足を、水仙菖に突つ込んで、眠つてる、微笑むで、
病児の如く微笑んで、夢に入つてる。
自然よ、彼をあつためろ、彼は寒い!

いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、
陽光(ひかり)の中にて彼眠る、片手を静かな胸に置き、
見れば二つの血の孔(あな)が、右脇腹に開(あ)いてゐる。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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