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2011年11月27日 (日)

中原中也が訳したランボー「わが放浪」Ma Bohèmeと西条八十「わが漂泊」

「わが漂泊」は、解放の楽しさ、かち獲た自由の歓喜を詠っている点で、「感覚」とほぼ軌を同じうしているが、「感覚」においては単に<散策>であった少年の心持が、ここでは<旅>にまで拡がり、「感覚」に無かった実生活が影を落している。

――と、記すのは、
詩人・作詞家の西条八十です。

西条八十は
こう記したのに続けて
ランボーの原詩と自らの訳を掲げたあとで
さらに続け、

思えば「感覚」を書いた3月から、この作を書いた10月までの間に、ランボオは実生活においてかつてない大きな変化を味わった。全然故郷の町以外知らない彼が、数度家庭から逃亡した。最初のパリ行で、無一文で汽車から下りた彼は、警察署にみじめな一週間を暮し、二回目のベルギーへの旅では宿もなく棒チョコレートを齧りながら月夜の村落を彷徨した。これらの旅が彼に<やぶれたポケット><穴のあいた半ズボン>の貧しい実生活を味わわせた。彼の生来の幻想的感性がこの作においては一層その濃度を増して、秋の夜空にかがやく大熊星座の中に褥あたたかい宿を夢み、星群の中に慈母のようなひとの優しい衣ずれの音を聴かせているのである。(略)

――と、「わが漂泊」に関して
突っ込んで鑑賞します。

「アルチュール・ランボオ研究」(昭和42年、中央公論社)は
「ランボオ詩研究」と「アフリカ時代」の2部仕立てで
「ランボオ詩研究」は
第一部「シャルルビル時代」
第二部「革命とランボオ」
第三部「見者」
第四部「イリュミナシオン」
第五部「地獄の一季節」の5部に分かれ

第二部「革命とランボオ」は
第一章「革命の理想」
第二章「革命の夕暮」
第三章「転機」
第四章「『初期詩篇』の総瞰」とあり
この第四章の中に
ここに掲げた記述があります。

「わが漂泊」は
「感動」と同じ流れの詩篇で
「自然への親愛」を歌った第5の詩群と分類整理されるのですが

これは彼の『初期詩篇』の中で<反逆>に対蹠する、もっとも顕著な詩群である。そうして、悪罵と呪詛と憤激の険悪な雰囲気にみたされた『初期詩篇』を読みゆく者に、忽如、一陣のたのしい野花の匂いをのせた微風の吹き入るを感じさせ、蘇生のおもいあらしめるものはこれらの詩篇なのである。

――と、
「たのしい」
「野花の匂いをのせた」
「微風の吹き入る」
「蘇生のおもいあらしめる」詩篇のグループと結んでいるのです。

西条八十は
1892年(明治25年)生まれで1970年(昭和45年)に亡くなりましたから
大木篤夫(おおき・あつお、1895年~1977年)や
金子光晴(1895年~1975年)とほぼ同時代を生きた詩人で
三富朽葉(みとみ きゅうよう)も1917年と早逝しましたが、
生年は1889年で同年代といってもよく
これら明治中期生まれの文学者が
同時にランボーの詩に関心を寄せていたことの背景に
どんな事情があったのでしょうか
どんな理由があったにせよ
ランボーをはじめとする
フランス詩の受容が盛況であったことが想像できます。

ランボーの生没年は、1854年~1891年ですから
ランボーの死んだ頃に生れたこれら日本の文学者が
青年期に入ってランボーの存在を知り
その詩に傾倒したということになります。

少し遅れて
中原中也(1907年~1937年)の世代が
これを追いかけます。

 ◇

「わが漂泊」の
西条八十訳は
第1連と第2連がありますので
ここに掲出しておきます。

 ◇

わが漂泊
西条八十訳(部分)

ぼくは出かけた、拳固をやぶれたポケットにつっこんで。
ぼくの外套は結構この上なしだ。
ミューズよ! ぼくは空の下を行った。そしてぼくはあなたに忠実でした。
おお! さてもぼくの夢見た愛の壮麗さよ!

ぼくの一つっきりの半ズボンには大きな穴があいていた。
――空想家の拇指小僧よ(プチ・プーセ)よ、ぼくは途々韻(リズム)を摘み摘みいった。
ぼくの宿は大熊星座に在った。
――大空の星の中に優しい衣(きぬ)ずれの音がきこえた。

 *

 わが放浪
 中原中也訳

私は出掛けた、手をポケットに突つ込んで。
半外套は申し分なし。
私は歩いた、夜天の下を、ミューズよ、私は忠僕でした。
さても私の夢みた愛の、なんと壮観だつたこと!

独特の、わがズボンには穴が開(あ)いてた。
小さな夢想家・わたくしは、道中韻をば捻つてた。
わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々は、
やさしくささやきささめいてゐた。

そのささやきを路傍(みちばた)に、腰を下ろして聴いてゐた
あゝかの九月の宵々よ、酒かとばかり
額(ひたひ)には、露の滴(しづく)を感じてた。

幻想的な物影の、中で韻をば踏んでゐた、
擦り剥けた、私の靴のゴム紐を、足を胸まで突き上げて、
竪琴みたいに弾きながら。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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