中原中也が訳したランボー「わが放浪」Ma Bohèmeの同時代訳
中原中也訳「わが放浪」Ma Bohèmeの
同時代訳を読んでおきましょう。
角川の新全集(「新編中原中也全集」のこと)第3巻「翻訳・解題篇」に
三富朽葉訳が掲出されていますから、それと、
大木篤夫訳との2篇をとりあえず。
中原中也は
昭和11年10月30日の日記に
「先達(せんだつて)から読んだ本」として
「三富朽葉全集」を他の本とともにあげています。
他の本としては
リッケルトの「認識の対象」。
コフマンの「世界人類史物語」。
「パスカル随想録(抄訳)」。
「小林秀雄文学読本」。
「深淵の諸相」。
「芭蕉の紀行」少し。
――を列挙しています。
昭和11年10月といえば
詩人が死去するおよそ1年前のことです。
そして、
愛息・文也が死去する10日ほど前のことです。
この日の日記を
やや長くなりますが
引いておくと、
いよいよ今日からまた語学に入る。来春頃からはフランスの詩集が自在に読めるやうに、神に祈る。次第に、詩一天張に勉強してゐればよいといふ気持になる。
モツアルト、ヷイオリン・コンチェルト第五番イ長調をラヂオで聴いて感銘す。
もうもう誰が何と云つても振向かぬこと。詩だけでもすることは多過ぎるのだ。
22日以来外出せず。今月は外出せしこと四五回。月に五回も外出すれば沢山なり。プロザイックな連中を相手にするに及ばず。坊やでも大きくなつたら、もつと映画でも見るべし。
詩に全身挙げて精進するものなきは寧ろ妙なことなり。斯くも二律背反的なものを容易に扱へると思へるは、愚鈍の極みといふべきだ。
語学をやらねばならぬ。このことだけが大切なり。
(行空きを加えてあります。編者)
――とあります。
語学とは、もちろんフランス語のことで
「ランボオ詩抄」を6月に刊行したばかりでした。
翻訳の仕事に
ますます力を注ごうとしている
詩人の姿がここにあります。
ちなみに、
三富朽葉(みとみ きゅうよう)の生没年は、1889年~1917年
大木篤夫(おおき・あつお)の生没年は、1895年~1977年
中原中也の生没年は、1907年~1937年、
ランボーの生没年は、1854年~1891年です。
◇
わがさすらひ
三富朽葉訳
私は歩んだ、拳を底抜けの隠衣(かくし)へ、
上衣(うはぎ)も亦理想的に成つてゐる、
御空(みそら)の下を行く私は、ミュウズよ、私は御身の忠臣であつた、
オオ、ララ、どんなにすばらしい恋を私は夢みたであらう!
わが唯一のズボンは大穴ができてゐる、
一寸法師の夢想家の私は路路
韻をひねくつた。私の宿は大熊星に在つた。
わが空の星むらは優しいそよぎを渡らせた、
そして私はそれを聴いた、路傍(みちばた)に坐つて、
此の良い九月の宵毎に、露の雫の
わが額に、回生酒(きつけ)のやうなのを感じながら、
異様な影の中に韻を践みながら
七絃のやうに、私はわが傷ついた靴の
護謨紐(ごむひも)を引いた、片足を胸に当てて!
(角川書店「新編中原中也全集」「第3巻 翻訳・解題篇」より)
◇
わが放浪
大木篤夫訳
俺は行く、裂けた衣嚢(かくし)に 両の拳(こぶし)を突ッ込んで。
今では俺の外套も 理想ばかりになつてしまつた。
俺は行く、大空の下を、ミューズよ、私はあなたの賛美者です。
――まあ、まあ、何と、すばらしい愛を夢見るものだ!
この一張羅の半ズボンには 大きな孔が一つ、それでも、
夢想家プチイ・プセエのこの俺は、行く道すがら韻を踏む。
俺の宿は大熊星座のなかにある、
俺の星々は高い空から珊々(さんさん)と鳴る、
俺は恍(うつと)りそれに聴き入る、路ばたに腰を下ろして、
かうした九月の美しい晩、額にかゝる露のしづくを
俺は感じる、芳しい葡萄酒のやうに。
かうした夜(よる)は、幻めいた影のさなかで、詩の韻を合はすのだ。
片足を胸の上まで持ちあげて、七絃琴でも奏(ひ)くやうに
ピイーン・ピイーンと弾(はじ)くのだ、破れた靴のゴム絲を!
(ARS「近代佛蘭西詩集」より)
*
わが放浪
中原中也訳
私は出掛けた、手をポケットに突つ込んで。
半外套は申し分なし。
私は歩いた、夜天の下を、ミューズよ、私は忠僕でした。
さても私の夢みた愛の、なんと壮観だつたこと!
独特の、わがズボンには穴が開(あ)いてた。
小さな夢想家・わたくしは、道中韻をば捻つてた。
わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々は、
やさしくささやきささめいてゐた。
そのささやきを路傍(みちばた)に、腰を下ろして聴いてゐた
あゝかの九月の宵々よ、酒かとばかり
額(ひたひ)には、露の滴(しづく)を感じてた。
幻想的な物影の、中で韻をば踏んでゐた、
擦り剥けた、私の靴のゴム紐を、足を胸まで突き上げて、
竪琴みたいに弾きながら。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
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