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2011年11月16日 (水)

中原中也が訳したランボー「谷間の睡眠者」同時代訳・その2

同時代訳とは
その詩人(または詩・作品)が生存していた時代に
公表されていた作品(翻訳)のことらしく
「谷間の睡眠者」Le Dormeur du valには

高村光太郎訳「眠れる人」(明治43年)
蒲原有明訳「眠」(大正11年)
藤林みさを訳「谷に眠れる者」(大正12年)
大木篤夫訳「谷間に眠る人」(昭和3年)
三好達治訳「谷間の睡眠者」(昭和5年)
小林秀雄訳「谷間に眠る男」(昭和8年)
浜名与志春訳「渓谷の睡眠」(昭和9年)

――の7作品が列挙されていますが(角川新全集)
では、堀口大学や金子光晴の作品は
戦後公表だったから同時代訳とされないことになるようです。

堀口大学は
ランボーが「にがてで」
翻訳にとりかかったのが疎開中のことだったことを明かしていますし
金子光晴が刊行した
「近代仏蘭西詩集」(1925年、紅玉堂書店)には
「Le Dormeur du val」の訳出が収録されていないのか不明ですが
いづれも同時代訳としては扱われないようです。

そこで
この二人の翻訳を見ておきます。
ざっと目を通すだけで
それぞれの訳が個性的で
工夫にも富んでいて
それだけでも面白いのですが
中原中也訳を味わう糸口として読むのも
楽しいものです。

 *

 谷間に眠る者
 堀口大学訳

ここぞこれ、青葉の空洞(ほら)よ、白銀(はくぎん)の襤褸(らんる)の草に
激しては、小川歌ふよ、
高澄(たかすみ)の山の常とて、陽(ひ)の耀(かがよ)ふよ、
ここぞこれ、光みなぎる小谷間よ。

うら若き兵(つはもの)ひとり、口はあんぐり、髪乱れ
わか水菜しげるが中に頸漬け、眠りつるよな、
白雲(はくうん)の空すぐる下(もと)、草の上、
ひかり降るさみどりの褥(しとね)に倒れ、蒼ざめて。

眠りつるよな、両足は水仙菖(すゐせんあやめ)かほる中。
病める児がほほゑみて、うたたねせるよ。
天地(あめつち)よ、温くこそは揺れ、彼凍ゆるに!

花の香(か)に鼻うごめかね、陽(ひ)を浴びて熟睡(まどろ)みあるよ、
片腕は静かなる胸の上。
右脇腹に、紅ゐの傷あと一つ、また一つ。

(「ランボオ詩集」より。昭和24年、新潮社)

 *

 谷間に眠るもの
 金子光晴訳

 立ちはだかる山の肩から陽(ひ)がさし込めば、
ここ、青葉のしげりにしげる窪地(くぼち)の、一すじの唄う小流れは、
狂おしく、銀のかげろうを、あたりの草にからませて、
狭い谷間は、光で沸き立ちかえる。

年若い一人の兵隊が、ぽかんと口をひらき、なにも冠らず、
青々と、涼しそうな水菜のなかに、頸窩(ぼんのくぼ)をひたして眠っている。
ゆく雲のした、草のうえ、
光ひりそそぐ緑の褥(しとね)に蒼ざめ、横たわり、

二つの足は、水仙菖蒲(すいせんしょうぶ)のなかにつっこみ、
病気の子供のような笑顔さえうかべて、一眠りしてるんだよ。
やさしい自然よ。やつは寒いんだから、あっためてやっておくれ。

いろんないい匂いが風にはこばれてきても、鼻の穴はそよぎもしない。
静止した胸のうえに手をのせて、安らかに眠っている彼の右脇腹に、
まっ赤にひらいた銃弾の穴が、二つ。

(「ランボー全集 全一巻」より。雪華社、1984年)

 *

 谷間の睡眠者
 中原中也訳

これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを小草(をぐさ)にひつかけ、
其処に陽は、矜りかな山の上から
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。

若い兵卒、口を開(あ)き、頭は露(む)き出し
頸は露けき草に埋まり、
眠つてる、草ン中に倒れてゐるんだ雲(そら)の下(もと)、
蒼ざめて。陽光(ひかり)はそそぐ緑の寝床に。

両足を、水仙菖に突つ込んで、眠つてる、微笑むで、
病児の如く微笑んで、夢に入つてる。
自然よ、彼をあつためろ、彼は寒い!

いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、
陽光(ひかり)の中にて彼眠る、片手を静かな胸に置き、
見れば二つの血の孔(あな)が、右脇腹に開(あ)いてゐる。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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