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2011年11月19日 (土)

中原中也が訳したランボー「谷間の睡眠者」と金子光晴の訳

Le Dormeur du val(中原中也訳は「谷間の睡眠者」)は
詩人・金子光晴の訳もありますが
中原中也・角川新全集は同時代訳に入れていません。
戦後の制作(翻訳)としているからでしょうか
戦前、昭和初期もしくは大正のいつかに
金子光晴はランボーの原詩を読んでいた可能性は高いのですが。

中原中也より10歳以上も年上の金子光晴。
二人の詩人は
生きた時代が一部で重なりながら
一度も接触することがなかったのは
ともに「詩壇」に距離を置いていたからでしょうか
遭わなかったことが不思議な感じがします。

ここでまた
金子光晴の訳「谷間にねむるもの」を見ておきますが
これは昭和29年発行の「現代詩の鑑賞」(河出新書)に収められているもので
初出が同書であったかは分かりません。
制作年(翻訳した年)も不明です。
ここでは
金子光晴自身の鑑賞がありますので
それも読んでおきます。
まず、同書からの詩の訳――。

 ◇

 谷間に眠るもの
 アルチュウル・ランボオ

立ちはだかる山の肩から陽がさしこめば、
こゝ、青葉のしげりにしげる窪地の、一すじの小流れは、
狂ほしく、銀のかげろふを、あたりの草にからませて
狭い谷間は、光で沸き立ちかへる。

年若い一人の兵隊が、ぽかんと口をひらき、なにも冠らず、
青々と、涼しさうな水菜のなかに、頸窩をひたして眠つてゐる。
ゆく雲のした、草のうへ、
光ふりそゝぐ緑の褥に蒼ざめ、横たはり、

二つの足は、水仙菖蒲のなかにつつこみ
病気の子供のやうな笑顔をうかべて、一眠りしてゐるんだよ。
やさしい自然よ。やつは寒いんだから、あつためてやつておくれ。

いろんないゝ匂ひが風にはこばれてきても、鼻の穴はそよぎもしない。
静止した胸のうへに手をのせて、安らかに眠つてゐる彼の右脇腹に
まつ赤にひらいた銃弾の穴が、二つ。

 ◇
この訳は
1984年発行の「ランボー全集 全一巻」(雪華社)に収録されているのとは違っていて
歴史的表記です。
「ゐ」を使用したり
現代音便を使わず
「ような」は「やうな」です。

ということから
戦前の制作(翻訳)であることが推察できますが
これも断言できるものではありません。

 ◇

この詩を取り上げて
金子光晴自らがランボー詩を鑑賞します。
それを
短いものですから
全文読んでみます。

 ◇
(以下、「現代詩の鑑賞」から引用)

 この訳は、意味をはっきりわからせるために、少々もって廻っているが、この詩は、少年天才詩人の詩が、いかに新鮮なものかということを示す見本のようなものだ。

 山かげの小流れに陽がさして、沸返るような陽炎にゆれているなかに、びしょびしょした湿地の水芹や水菜がはえているなかに、半分水びたしになって若者がねている。まるで、自然の光とそのめぐみにつかって、陶然としているようなかっこうだ。みるとそれは、戦死者で、右脇腹に二つの穴があいている。

 最後の行のドキリとさせる“おち”などはいかにも、才はじけた少年が、大人の手法を手に入れて、みごとにやりこなしたという感なきにしもあらずだが、全体の光耀(ひかり)眩しいなかに、「死」のこともなさ、明るさをあらわしえたところ、永遠の“はしり”という感じが強い。

 しかし、ランボオの魅力は、むしろ、現代詩につながるもので、その点、同時代のヹルレエヌがランボオの詩を驚異して高く評価したことのなかには、なにか、芸術家の“つらさ”があるようでならない。

 パリー・コンミューンに身を投じようとし、北方のシャルルヸルから徒歩でパリーへやってきた十六歳の少年には、すでにヹルレエヌのエレガンスの世界も、カトリシズムの悔恨もなかった。

※ 原文の傍点は、“ ”で示しました。また、読みやすくするための行空きを入れました。編者。

 *

 谷間の睡眠者
 中原中也訳

これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを小草(をぐさ)にひつかけ、
其処に陽は、矜りかな山の上から
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。

若い兵卒、口を開(あ)き、頭は露(む)き出し
頸は露けき草に埋まり、
眠つてる、草ン中に倒れてゐるんだ雲(そら)の下(もと)、
蒼ざめて。陽光(ひかり)はそそぐ緑の寝床に。

両足を、水仙菖に突つ込んで、眠つてる、微笑むで、
病児の如く微笑んで、夢に入つてる。
自然よ、彼をあつためろ、彼は寒い!

いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、
陽光(ひかり)の中にて彼眠る、片手を静かな胸に置き、
見れば二つの血の孔(あな)が、右脇腹に開(あ)いてゐる。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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