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2011年11月 2日 (水)

中原中也が訳したランボー「エルキュルとアケロユス河の戦ひ」その2

「エルキュルとアケロユス河の戦ひ」の
残りの部分を読み進めます。

エルキュルすなわちヘラクレスの怪力振りを訳しながら
中原中也は自らも楽しんでいる気配が伝わってきます。
これはどこかで見覚えのある
デ・ジャヴの感覚だなと気づいて
思い出されたのは
「平家物語」の合戦のシーンです。

確か
もんどりうって、どうと落つ、などという描写が
この物語には横溢していて
七五調の流麗な調べとともに刻まれていたように記憶しますが
まったく見当違いかもしれません。

河は激しい恥ずかしさにうち震え
くつがえされた栄誉を思えば
胸は悲痛に滾(たぎ)りはじめ
全身をのたうって狂えば
獰猛な眼は炎のように燃え盛り
角は突っ立って風を切り
咆えれば天も震撼するのだった。

ヘラクレスはこれを見て大いに笑い
河をひっ捕らえ、ぶんぶんと振り回し
痙攣しはじめた五体をどうと放り出し
膝で首を押さえつけ
腰に喉を敷き伏せて
うち叩いてはまたうち叩き
力の限りに懲らしめれば
やがて河も苦しみ死んでしまった。

息絶えた怪物に、なんとも勇ましいヘラクレスは
うち跨(またが)って、血で濡れた、額の角を引き抜いて
ついに勝利を完全なものにした。

こうしてフォーヌやドリアードやニンフ姉妹の合唱隊は
減水と富源のために働いた
彼らの勇士ヘラクレスが楽しげに
今は木蔭に休息しているのを
古い勝利の戦を思い出させるかのように勇士に近づいて
軽やかに彼の回りを取り囲んで
花の冠、葉のリースを
その額に被せたのだった。

さて皆のもの、彼の近くに転がっていた
あの河の角を手に取らせ
血塗られたその戦利品を
美味しい果実と香りのよい花々で飾ったのであった。

      1869年9月1日
         シャルルヴィル公立中学通学生
            アルチュル・ランボオ

※フォーヌは半獣神の牧神、ニンフは水の精、ドリアードは森の精。(「角川新全集・第3巻 翻訳」語註より)

この詩の中では――

エルキュルは、その上に、大木の幹を振り翳(かざ)し、
ひつぱたきひつぱたく、

鞺(たう)とばかりに投げ出だし、膝にて頸をば圧へ付け、
腰に咽喉(のど)をば敷き据ゑて、打ち叩き打ち叩き

――というルフランや
この中の、鞺(たう)とばかりに投げ出だし、などの独特の措辞や

扨エルキュルは立直り、《此の腕前を知らんかい、たはけ奴(め)が!
我猶揺籃にありし頃、二頭の竜(ドラゴン)打つて取つたる
かの時既に鍛へたる此の我が腕を知らんかい!……》

――という台詞(セリフ)の部分や
全篇を通じた音数律などに
中原中也がいます。
息づいています。

 *
 3 エルキュルとアケロユス河の戦ひ

嘗て水に膨らむだアケロユスの河は氾濫し、
谷間に入つて迸り、その騒擾いはんかたなく、
そが浪に畜群と稔りよき収穫を薙ぎ倒し、
人家悉く潰滅し、みはるかす田畠(でんぱた)は砂漠と化した。
かくてニムフはその谷を去り、
フォーヌ合唱隊亦鳴りを静め、
人々は唯手を拱(こまぬ)いて河の怒りを眺めてゐた。
此の有様をみたエルキュルは、憐憫の思ひに駆られ、
河の怒りを鎮めむものと巨大な躯(み)をば跳(をど)らせて、
逞しい双腕に泡立つ浪を逐ひまくし、
そがもとの河床に治まるやうに努めたのだ。
制(おさ)へられたる河浪は、怒濤をなして呟きながらも、
やがて蜿蜒たるもとの姿にかへつたが、
河は息切(いきぎ)れ、歯軋(はぎし)りし、そが蒼曇る背をのたくらし、
そが険呑(けんのん)な尾で以て荒(すが)れた岸を打つてゐた。
エルキュルは再び身をば投入れて、腕をもて河の頸をば締めつけた、その抵抗も物の数かは
河は懲され、エルキュルは、その上に、大木の幹を振り翳(かざ)し、
ひつぱたきひつぱたく、河は瀕死の態(てい)となり砂原の上にのめされた。
扨エルキュルは立直り、《此の腕前を知らんかい、たはけ奴(め)が!
我猶揺籃にありし頃、二頭の竜(ドラゴン)打つて取つたる
かの時既に鍛へたる此の我が腕を知らんかい!……》

河は慚愧に顛動し、覆へされたる栄誉をば、
思へば胸は悲痛に滾(たぎ)ち、跳ねて狂へば
獰猛の眼(まなこ)は炎と燃え熾(さか)り、角は突つ立ち風を切り、
咆ゆれば天も顫へたり。
エルキュルこれを見ていたく笑ひて
ひつ捉へ、振り廻し、痙攣(ひきつけ)はじめしその五体
鞺(たう)とばかりに投げ出だし、膝にて頸をば圧へ付け、
腰に咽喉(のど)をば敷き据ゑて、打ち叩き打ち叩き
力の限りに懲しめば、やがては河も悶絶す。
息を絶えたる怪物に、勇ましきかなエルキュルは、
打跨つて血濡れたる、額の角を引抜いて、茲に捷利を完うす。
かくてフォーヌやドリアード、ニムフ姉妹の合唱隊(コーラス)は、
減水と富源のために働いた、彼等が勇士の愉しげに
今は木蔭に憩ひつつ、
古き捷利を思ひ合はする勇士に近づき、
かろやかに彼のめぐりをとりかこみ、
花の冠・葉飾りを、それの額に冠(かづ)けたり。
さて皆の者、彼の近くにころがりゐたりし
かの角をばその手にとらせ、血に濡れたその戦利品をば
美味な果実と薫り佳き花々をもて飾つたのだ。

       千八百六十九年九月一日
         シャルルヴィル公立中学通学生
           ランボオ・アルチュル

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、二重パーレンは《 》に代えました。編者。

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