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« 中原中也が訳したランボー「谷間の睡眠者」Le Dormeur du val | トップページ | 中原中也が訳したランボー「谷間の睡眠者」同時代訳・その2 »

2011年11月15日 (火)

中原中也が訳したランボー「谷間の睡眠者」その2・同時代訳

「谷間の睡眠者」Le Dormeur du valの
同時代訳に目を移してみましょう。

高村光太郎訳「眠れる人」(明治43年)
蒲原有明訳「眠」(大正11年)
藤林みさを訳「谷に眠れる者」(大正12年)
大木篤夫訳「谷間に眠る人」(昭和3年)
三好達治訳「谷間の睡眠者」(昭和5年)
小林秀雄訳「谷間に眠る男」(昭和8年)
浜名与志春訳「渓谷の睡眠」(昭和9年)

――とある中で
小林秀雄と大木篤夫(大木惇夫)の訳が
手元にありますから、それを引いておきます。

大木篤夫訳は
古書店で手に入れた「近代仏蘭西詩集」(ARS)にあるもので
ランボーは7作品が訳出されており
中に「谷間に眠る人」があります。

小林訳は
これもネットの古書店で入手した
昭和23年発行の「ランボオ詩集」(創元社)にあり
ここに珍しく韻文詩の訳が5作あります。
中に「谷間に眠る男」があります。

この二つの訳も
ランボー翻訳の早い時期からの
人気作品だったことを示す
高村光太郎訳以来の流れの中にありました。

大木訳の刊行(初出もか?)が昭和3年
小林訳の初出は昭和8年(「短歌と方法」)
中原訳の第一次形態の制作は
昭和4年~8年と推定されていますから
これらの訳を中原中也が参照していた可能性はありますが
断言はできません。

 *

 谷間に眠る人
 大木篤夫訳

緑なす落窪あり、あたりに川は高鳴り歌ひ
物狂はしく、襤褸(つづれ)の草に白銀の繁吹(しぶき)を撒けば
天つ陽も尊大の山のうへより耀(かがよ)ひわたる。
光沸きたつ小さき谷あり。

うら若き兵卒ひとり、口ひらき(かうべ)もあらはに、
青砕米萕(あをたがらし)の露けきなかに頸(うなじ)ぬらして眠りたり、
雲の下、草のさなかに身を伸(の)して
陽の明かる緑の床(とこ)に蒼ざめつ。

兵卒は眠りたり、双足(もろあし)を菖蒲(あやめ)のなかにつき入れて、
昏々と眠りたり、熱を病む幼児(をさなご)のごとほゝゑみて。
ああ、天然よ、暖く、守(も)りをせよ、彼いたく凍えたり。

その鼻は、はや、物の薫りを嗅ぐよしもなく、
静かにも手を胸に、日のなかに兵卒は眠りたり。
窺へば、右脇に二つ、赤き傷孔。

(「近代仏蘭西詩集」より。ARS、昭和3年)

 *

 谷間に眠る男
 小林秀雄訳

谷川の歌うたふ青葉の空洞(あな)、
流れは狂はしげに銀色の綴(つづれ)を草の葉にまとひつけ、
悠然と聳え立つ山から太陽がかゞやけば、
さゝやかな谷間は光に泡立つ。

うら若い兵士が一人、頭はあらはに、口をあけ、
裸身(はだか)を青々と爽やかな水菜に潤して、
眠つてゐる。雲の下、草をしき、
光の雨と降りそゝ緑のベッドに蒼ざめて。

眠つてゐる、両足を水仙菖(すゐせんあやめ)につゝこんで、
病児のやうにほゝゑんで、眠つてゐる。
さぞ寒むからう、自然よ、じつと暖めてやつてくれ。

風は様々な香を送るが彼の鼻孔はふるへもしない。
太陽を浴びて彼は眠る、動かぬ胸に腕をのせ、
右の脇腹に赤い穴を二つもあけて。

(「ランボオ詩集」より。創元社、昭和23年)

 *

 谷間の睡眠者
 中原中也訳

これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを小草(をぐさ)にひつかけ、
其処に陽は、矜りかな山の上から
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。

若い兵卒、口を開(あ)き、頭は露(む)き出し
頸は露けき草に埋まり、
眠つてる、草ン中に倒れてゐるんだ雲(そら)の下(もと)、
蒼ざめて。陽光(ひかり)はそそぐ緑の寝床に。

両足を、水仙菖に突つ込んで、眠つてる、微笑むで、
病児の如く微笑んで、夢に入つてる。
自然よ、彼をあつためろ、彼は寒い!

いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、
陽光(ひかり)の中にて彼眠る、片手を静かな胸に置き、
見れば二つの血の孔(あな)が、右脇腹に開(あ)いてゐる。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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