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2011年11月 4日 (金)

中原中也が訳したランボー「ジュギュルタ王」その2

「ランボオ詩集《学校時代の詩》」の4番目の作品、
「ジュギュルタ王」の後半を読みすすめます。

中原中也訳の原作を
歴史的表記を現代表記に改変した上に
難漢字を書き換えたり
漢字をひらがなにしたり
文語を口語に変えたり
語句・句読点の追加削除や改行なども加えたりして
「意訳」を試みます。

「ジュギュルタ王」は
1869年11月に
ランボーの通学区である「ドゥエ学区公報」に掲載されました。
同学区で同年7月に行われた
ラテン語詩のコンクールで一等賞になった作品。
コンクールは当日朝6時から正午までの6時間にわたって行われたものでした。
ラテン語で抜群の成績を残したランボーが
課題詩でもいかんなく才能を発揮した一つの例です。
(「角川新全集 第3巻 翻訳」より)

彼はアラビアの山岳地方に生まれた、
彼こそは、すこやかにそよかぜが語るには
「これこそユグルタの孫!……」

――と、この王を褒め称えるコーラスみたいなフレーズが
この詩の中に何度も挿入されるのは
ギリシア悲劇を踏襲しているからでしょうか。
日本でいえば、お囃子(はやし)でしょうか。

我こそはローマの国土に乗り込んだ
その都までも。
ヌミディア人よ!
お前らの額に平手打ちを食らわせ
お前ら傭兵どもを物の数とも思わなかった。

ここに彼らはしばらくの間忘れていた武器をとり
我はまた立ってこれを迎え撃った。
我は勝利を思いもしないで
ただただローマに拮抗することだけを思っていた!

河を頼み、岩山を頼んで、我は敵軍に対抗すれば
敵勢は、リビアの砂原、あるいはまた
丘の上の四角い堡塁から攻めようとした。
敵軍の血はわが野山を塗り
我らの並じゃない頑強さに負かされて、ズタズタにされてしまった……

彼はアラビアの山岳地方に生まれた、
彼こそは、すこやかにそよかぜが語るには
「これこそユグルタの孫!……」

おそらくは我、敵方の歩兵隊をも破ったというところで……
この時、ボキュスの裏切りに遭い……
思い返すのも残念なことだけれど
そうして我、祖国も王位も捨て去って
ローマに謀反したという事実を甘受したのであった。

そうして今またフランスは、
アラビアの、都の首長を征伐したことを誇っているが……
汝、我が子よ、汝がもしも、この難関にぶつかることがあれば
汝こそは本当に昔の、我が仇(かたき)を討ってくれ、さあ戦ってくれ!
遠い昔の日の、我が勇気、今は汝が心に抱いて進んでもらいたい
汝らの剣を振りかざせ! ユグルタ王を秘かに胸に抱いて
居並ぶ敵を押し返し!
国のために血を流せ!
おお、アラビアのライオンたちも、この戦いに参じよ!
鋭い汝らの牙で、敵の軍勢を引き裂け!
栄えあれ! 神明のご加護が汝にあるように!
アラビアの恥を雪(すす)いでくれ!……」

こうして大ユグルタのイリュージョンは消えてゆけば
幼いユグルタは、
青竜刀のおもちゃで遊んでいるばかりだった。

    Ⅱ

ナポレオン! おお! ナポレオン!
この現代のユグルタは
打ち負かされて、縛られて、幽閉されて暮らしていた!
 
※ここで登場するナポレオンとは、
アムボワーズの城(15世紀、シャルル8世がロワール河畔に築いた。)に
幽閉されていたアブデルカデルすなわちアブド・アルカーディルを
釈放したナポレオン3世のこと。

ここでユグルタがあらためて、夢の中に現れて
この現代のユグルタすなわちアブデルカデルに
とても丁寧に語ったのは
「新しい神よ来たれ! 汝が災害を忘れよ
佳い年が今ややって来て、フランスは汝を解放する……
汝は必ず見る、フランスの統治のもとで栄えるアルジェリア!……
汝は受け入れるべし、寛大な、フランスの条約を
世界に並ぶことがない信仰と正義の司祭フランスの……
愛せよ、汝のユグルタを、心の限り愛さねばならない
そうしてユグルタが命を、ゆめにも忘れないでいてもらいたい。

註(1)アムボワーズの城に幽閉されたことのあるアブデルカデルは、ナポレオン3世の手で釈放されたのは、1852年のこと。

    Ⅲ

これが、汝に現れたアラビアの祖国の精神である」

      1869年7月2日
         シャルルヴィル公立中学通学生
            ランボオ・ジャン・ニコラス・アルチュル

 *

 4 ジュギュルタ王

      諸世紀を通じ、神は此の者をば、
      折々此の世に降し給ふ……
                バルザック書簡。

     Ⅰ

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば《これはこれジュギュルタが孫!……》

やがては国のため人民のため、大ジュギュルタ王とはならん此の者が、
いたいけなりし或る日のこと、
来るべき日の大ジュギュルタの幻影は、
その両親のゐる前で、此の子の上に顕れて、
その境涯を述べた後、さて次のやうに語つた
《おお我が祖国よ! おお我が労苦に護られし国土よ!……》と
その声は、寸時、風の神に障(さまた)げられて杜切(とぎ)れたが……
《嘗て悪漢の巣窟、不純なりし羅馬は、
そが狭隘の四壁を毀(こぼ)ち、雪崩(なだ)れ出で、兇悪にも、
そが近隣諸国を併合した。
それより漸く諸方に進み、やがては世界を我が有(もの)とした。
国々は、その圧迫を逃(のが)れんものと、
競ふて武器を執りはしたが、
空しく流血するばかり。
彼等に優(まさ)りし羅馬の軍は、
盟約不賛の諸国をば、その民(たみ)等をば攻め立てた。

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

我、久しきより羅馬の民は、気高(けだか)き魂(たま)を持てると信ぜり、
さはれ成人するに及びて、よくよく見るに
そが胸には、大いなる傷、口を開け、
そが四肢には、有毒な物流れたり。
それや黄金の崇拝!……そは彼等武器執る手にも現れゐたり!……
穢(けが)れたるかの都こそ、世界に君臨しゐたるかと、
よい力試(ちからだめ)し、我こそはそを打倒さんと決心し、世界を統べるその民を、爾来白眼、以て注視を怠らず!……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

当時羅馬はジュギュルタが事に、
介入せんとは企てゐたり、我は
迫りくるそが縄目(なはめ)をば見逃さざりき。立つて羅馬を討たんとは決意せり
かくて我日夜悶々、辛酸の極を甞めたり!
おお我が民よ! 我が戦士! わが聖なる下々(しもじも)の者よ!
羅馬、かの至大の女王、世界の誇り、
かの土(ど)は、やがてぞ我が手に瓦解しゆかん。
おお如何に、我等羅馬のかの傭兵、ニュミイド人(びと)等を嗤ひしことぞ!
此の蛮民等はジュギュルタが、あらゆる隙(すき)に乗ぜんとせり
当時世に、彼等に手向ふものとてなかりし!……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

我こそは羅馬の国土に乗り込めり、
その都までも。ニュミイドよ! 汝(なれ)が額に
我平手打(ひらてうち)を啖(くら)はせり、我は汝等(なれら)傭兵ばらを物の数とも思はざり。
茲にして彼等久しく忘れゐたりし武器を執り、
我亦立つて之に向へり。我は捷利を思はざり、
唯に羅馬に拮抗せんことこそ思へり!
河に拠り、巌嶮(いはほ)に拠りて、我敵軍に対すれば、
敵勢(ぜい)は、リビイの砂原(すなはら)、或(ある)はまた、丘上の角面堡より攻めんとす。
敵軍の血はわが野山蔽ひつつ、
我がなみならぬ頑強に、四分五裂となりやせり……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

恐らくは我敵方(かた)の、歩兵隊をも敗りたらむを……
此の時ボキュスが裏切りに遇ひ……思ひ返すも徒(あだ)なれど、
されば我、祖国(くに)も王位も棄て去りて、
羅馬に謀反(むほん)をせしといふ、ことに甘んじてゐたりけり。

さても今復(また)フランスは、アラビヤの、都督を伐ちて誇れるも……
汝(なんぢ)、我が子よ、汝(いまし)もし、此の難関に処しも得ば、
汝(なれ)こそはげにそのかみの、我がため仇を報ずなれ。いざや戦へ!
去(い)にし日の、我等が勇気、今は汝(な)が、心に抱き進めかし、
汝(なれ)等が剣《つるぎ》振り翳せ! ジュギュルタをこそ胸に秘め、
居並ぶ敵を押返し! 国の為なり血を流せ!
おお、アラビヤの獅子共も、此の戦ひに参ぜかし!
鋭き汝(なれ)等が牙をもて、敵の軍勢裂きもせよ!
栄(さかえ)あれ! 神冥の加護汝(なれ)にあれ!
アラビヤの恥、雪(そゝ)げかし!……》

かくて幻影消えゆけば、幼な子は、青竜刀の玩具(おもちや)もて、遊び興じてゐたりけり……

      Ⅱ

ナポレオン! おお! ナポレオン!(1) 此の今様のジュギュルタは、
打負かされて、縛られて、幽閉(おしこ)められて暮したり!
茲にジュギュルタ更(あらた)めて、夢の容姿(かたち)にあらはれて
此の今様のジュギュルタにいとねむごろに云へるやう、
《新らしき神に来れかし! 汝が災害を忘れかし、
佳き年(とし)今やめぐり来て、フランス汝(なれ)を解放せん……
汝(なれ)は見るべし、フランスの治下に栄ゆるアルジェリア!……
汝(なれ)は容るべし、寛大の、このフランスの条約を、
世に並びなき信仰と、正義の司祭フランスの……
愛せよ、汝がジュギュルタを、心の限り愛すべし
さてジュギュルタが命数を、つゆ忘れずてありねかし

       註(1)アムボワーズの城に幽閉されたりしアブデルカデルは ナポレオン
           三世の手によりて釈放されたり 時に千八百五十二年

     Ⅲ

これぞこれ、汝(な)に顕れしアラビヤが祖国(くに)の精神(こころ)ぞ!》

      千八百六十九年七月二日
         シャルルヴィル公立中学通学生
            ランボオ・ジャン・ニコラス・アルチュル

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、二重パーレンは《 》に代えました。編者。

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