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2011年11月 3日 (木)

中原中也が訳したランボー「ジュギュルタ王」

「ランボオ詩集《学校時代の詩》」の4番目の作品は
「ジュギュルタ王」です。

ジュギュルタは、近年ではユグルタの表記が一般的で
ヌミディアという古代ローマ時代に北アフリカにあった王国の王。
現在のアルジェリアあたりにあった王国の王ですが
ローマの侵略と戦ったが敗れローマで獄死しました。

ランボーは、
このユグルタ王の物語に
19世紀アルジェリア地方の有力諸侯、
アブドル・アルカーディルの生涯を重ねています。
(「角川新全集第3巻 翻訳」より)

二人とも植民地支配と戦った
民族の英雄ですから
20世紀・21世紀現代史の
「リビアのカダフィ」の面影があって
脱線しますが、興味をひかれます。

さてここでは
中原中也訳の原作を
歴史的表記を現代表記に改変した上に
難漢字を書き換えたり
漢字をひらがなにしたり
文語を口語に変えたり
語句・句読点の追加削除や改行なども加えたりして
「意訳」を試みます。

   Ⅰ

彼はアラビアの山岳地方に生まれた、
彼こそは、すこやかにそよかぜが語るには
「これこそユグルタの孫!……」

やがては国のため人民のため
大ユグルタ王となるこの者が
いたいけな幼年時代のある日のこと
きたるべき日の大ユグルタのイルージョンは
その両親のいる前で、この子の上に現れて
その境涯を述べた後で、次のように語った

「おお我が祖国よ! おお我が労苦に守られた国土よ!……」と
その声は、少しの間、風の神に邪魔されて途切れたものだったが……

「かつて悪漢の巣窟、不純だったローマは
その狭い周囲の外壁を壊し、外へと雪崩出でて
凶悪にも、その近隣諸国を併合した。
それからしばらくするとさらに各地へと進出し
やがては世界を我が物とするようになった。
諸国は、その圧迫を逃れようとして
競って武器をとって戦ったが
空しく血を流すばかり。
彼らにまさるローマ軍は
盟約しない諸国を、その民らを攻撃した。

彼はアラビアの山岳地方に生まれた、
彼こそは、すこやかにそよかぜが語るには
「これこそユグルタの孫!……」

我、随分前からローマの民は、気高き魂をもつものと信じていた
そうであるのに成人して、よくよく見ると
その胸には、大きな傷が口を開け
その身体中には、有毒なものが流れていた。

それは黄金の崇拝だ!……それは彼らが武器をとる手にも現れていた!……
穢れたあの都が、世界に君臨しているのかと
よい力試しに、我こそはこれを打倒しようと決心し
世界を統一するその民を、その時以来、白い眼で見て、じっくり監視してきた!……

彼はアラビアの山岳地方に生まれた、
彼こそは、すこやかにそよかぜが語るには
「これこそユグルタの孫!……」

当時ローマはユグルタに関して
介入しようと企んでいた、
我は迫り来るその縄目を見逃さなかった。
立ってローマを打倒しようと決意した
こうして我れは日夜悶々と苦闘し、辛酸の極みを嘗めたのだ!
おお我が民よ!
我が戦士!
我が家来たちよ!
ローマ、あの絶大な女王、世界の誇り
あの土地は、やがて我が手に瓦解してゆくであろう。
おおどのようにして、我らはローマのあの傭兵、ニュミイド人らを笑ったことか!
この野蛮な民らはユグルタが、あらゆる隙に乗じようとしていたが
当時世界に、彼らにて手むかえるものはなかったのだ!……

彼はアラビアの山岳地方に生まれた、
彼こそは、すこやかにそよかぜが語るには
「これこそユグルタの孫!……」


ここまで
およそ半分です。

 *

 4 ジュギュルタ王

      諸世紀を通じ、神は此の者をば、
      折々此の世に降し給ふ……
                バルザック書簡。

     Ⅰ

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

やがては国のため人民のため、大ジュギュルタ王とはならん此の者が、
いたいけなりし或る日のこと、
来るべき日の大ジュギュルタの幻影は、
その両親のゐる前で、此の子の上に顕れて、
その境涯を述べた後、さて次のやうに語つた
《おお我が祖国よ! おお我が労苦に護られし国土よ!……》と
その声は、寸時、風の神に障(さまた)げられて杜切(とぎ)れたが……
《嘗て悪漢の巣窟、不純なりし羅馬は、
そが狭隘の四壁を毀(こぼ)ち、雪崩(なだ)れ出で、兇悪にも、
そが近隣諸国を併合した。
それより漸く諸方に進み、やがては世界を我が有(もの)とした。
国々は、その圧迫を逃(のが)れんものと、
競ふて武器を執りはしたが、
空しく流血するばかり。
彼等に優(まさ)りし羅馬の軍は、
盟約不賛の諸国をば、その民(たみ)等をば攻め立てた。

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

我、久しきより羅馬の民は、気高(けだか)き魂(たま)を持てると信ぜり、
さはれ成人するに及びて、よくよく見るに
そが胸には、大いなる傷、口を開け、
そが四肢には、有毒な物流れたり。
それや黄金の崇拝!……そは彼等武器執る手にも現れゐたり!……
穢(けが)れたるかの都こそ、世界に君臨しゐたるかと、
よい力試(ちからだめ)し、我こそはそを打倒さんと決心し、世界を統べるその民を、爾来白眼、以て注視を怠らず!……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

当時羅馬はジュギュルタが事に、
介入せんとは企てゐたり、我は
迫りくるそが縄目(なはめ)をば見逃さざりき。立つて羅馬を討たんとは決意せり
かくて我日夜悶々、辛酸の極を甞めたり!
おお我が民よ! 我が戦士! わが聖なる下々(しもじも)の者よ!
羅馬、かの至大の女王、世界の誇り、
かの土(ど)は、やがてぞ我が手に瓦解しゆかん。
おお如何に、我等羅馬のかの傭兵、ニュミイド人(びと)等を嗤ひしことぞ!
此の蛮民等はジュギュルタが、あらゆる隙(すき)に乗ぜんとせり
当時世に、彼等に手向ふものとてなかりし!……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

我こそは羅馬の国土に乗り込めり、
その都までも。ニュミイドよ! 汝(なれ)が額に
我平手打(ひらてうち)を啖(くら)はせり、我は汝等(なれら)傭兵ばらを物の数とも思はざり。
茲にして彼等久しく忘れゐたりし武器を執り、
我亦立つて之に向へり。我は捷利を思はざり、
唯に羅馬に拮抗せんことこそ思へり!
河に拠り、巌嶮(いはほ)に拠りて、我敵軍に対すれば、
敵勢(ぜい)は、リビイの砂原(すなはら)、或(ある)はまた、丘上の角面堡より攻めんとす。
敵軍の血はわが野山蔽ひつつ、
我がなみならぬ頑強に、四分五裂となりやせり……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健(すこや)かに
軟風(そよかぜ)の云ふを聞けば、《これはこれジュギュルタが孫!……》

恐らくは我敵方(かた)の、歩兵隊をも敗りたらむを……
此の時ボキュスが裏切りに遇ひ……思ひ返すも徒(あだ)なれど、
されば我、祖国(くに)も王位も棄て去りて、
羅馬に謀反(むほん)をせしといふ、ことに甘んじてゐたりけり。

さても今復(また)フランスは、アラビヤの、都督を伐ちて誇れるも……
汝(なんぢ)、我が子よ、汝(いまし)もし、此の難関に処しも得ば、
汝(なれ)こそはげにそのかみの、我がため仇を報ずなれ。いざや戦へ!
去(い)にし日の、我等が勇気、今は汝(な)が、心に抱き進めかし、
汝(なれ)等が剣《つるぎ》振り翳せ! ジュギュルタをこそ胸に秘め、
居並ぶ敵を押返し! 国の為なり血を流せ!
おお、アラビヤの獅子共も、此の戦ひに参ぜかし!
鋭き汝(なれ)等が牙をもて、敵の軍勢裂きもせよ!
栄(さかえ)あれ! 神冥の加護汝(なれ)にあれ!
アラビヤの恥、雪(そゝ)げかし!……》

かくて幻影消えゆけば、幼な子は、青竜刀の玩具(おもちや)もて、遊び興じてゐたりけり……

      Ⅱ

ナポレオン! おお! ナポレオン!(1) 此の今様のジュギュルタは、
打負かされて、縛られて、幽閉(おしこ)められて暮したり!
茲にジュギュルタ更(あらた)めて、夢の容姿(かたち)にあらはれて
此の今様のジュギュルタにいとねむごろに云へるやう、
《新らしき神に来れかし! 汝が災害を忘れかし、
佳き年(とし)今やめぐり来て、フランス汝(なれ)を解放せん……
汝(なれ)は見るべし、フランスの治下に栄ゆるアルジェリア!……
汝(なれ)は容るべし、寛大の、このフランスの条約を、
世に並びなき信仰と、正義の司祭フランスの……
愛せよ、汝がジュギュルタを、心の限り愛すべし
さてジュギュルタが命数を、つゆ忘れずてありねかし

       註(1)アムボワーズの城に幽閉されたりしアブデルカデルは ナポレオン
           三世の手によりて釈放されたり 時に千八百五十二年

     Ⅲ

これぞこれ、汝(な)に顕れしアラビヤが祖国(くに)の精神(こころ)ぞ!》

      千八百六十九年七月二日
         シャルルヴィル公立中学通学生
            ランボオ・ジャン・ニコラス・アルチュル

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、二重パーレンは《 》に代えました。編者。

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