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2011年11月 7日 (月)

中原中也が訳したランボー「フォーヌの頭」Tête de Faune

「フォーヌの頭」Tête de Fauneは
中原中也訳「ランボオ詩集」「初期詩篇」の2番目の詩です。

「フォーヌ」は、ローマ神話に出てくる牧神。
半獣神です。
ギリシア神話のパンと対応しています。
「エルキュルとアケロユス河の戦ひ」に登場したのが
記憶に新しく残っています。

この中原中也の訳詩の初出は
昭和5年1月1日付け発行の「白痴群」第5号、
再出が、昭和8年10月1日付け発行の「紀元」同年10月号、
さらに三出が、昭和9年2月1日付け発行の詩誌「椎の木」同9年2月号
四出が、昭和11年6月25日付け発行の「ランボオ詩抄」
――と繰り返し発表され
その都度、若干の推敲が行われました。

「ランボオ詩集」に収録した段階では第5次形態になり、
比較的に異同の多い作品ということになりますが
何度も発表を繰り返したということは
この詩を相当気に入っていた上に
翻訳としても自信があり
詩内容に詩心を動かされるものを感じていたからではないでしょうか。

 ◇

金を帯びた緑に光る葉の繁みに
接吻している唇が眠るかのように大きな花が咲いている
けぶるように、鬱蒼とした葉の繁みの中に
生き生きと、絶品の刺繍を台無しにして。

そこからふらふらとフォーヌが二つの目を出し
真っ白な歯で真っ赤な花を咬んでいる。
古酒と血に染まり、朱色に浸かり
その唇は笑って開く、枝と枝の下。

すると、逃げ隠れた、まるでリスのように
彼の笑いはまだ葉の中で揺らぎ
鴬(うそ)もいて、静もり深い森の金の接吻が
ざわざわと騒擾するのを、わたくしは見る。

 ◇

これは幻想というよりは
「わたし」である詩人の肉体の底を
衝き動かす
生まな
情念の炎の形……なのか。

フォーヌがそそのかす
詩人の魂への
点火か
爆弾か
……

 ◇
あれ、か。
遠いところにある
あれ、なのでしょうか。

秘密を見たような
発見したような

詩人が詩人の魂に感応し
ほくそ笑んでいるような……。

 *

 フォーヌの頭

緑金に光る葉繁みの中に、
接唇(くちづけ)が眠る大きい花咲く
けぶるがやうな葉繁みの中に
活々として、佳き刺繍(ぬひとり)をだいなしにして

ふらふらフォーヌが二つの目を出し
その皓い歯で真紅(まつか)な花を咬んでゐる。
古酒と血に染み、朱(あけ)に浸され、
その唇は笑ひに開く、枝々の下。

と、逃げ隠れた――まるで栗鼠、――
彼の笑ひはまだ葉に揺らぎ
鷽のゐて、沈思の森の金の接唇(くちづけ)
掻きさやがすを、われは見る。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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