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2011年12月 5日 (月)

中原中也が訳したランボー「蹲踞」Accroupissements

中原中也が「蹲踞」と訳したAccroupissementsは
ランボーが1871年5月15日付けで
ポール・デメニーに宛てた書簡に添付した詩篇の一つです。

デメニーは
ランボーが通うシャルルビル高等中学校の
修辞学級担当教師であったジョルジュ・イザンバールの
知人であり詩人でした。
美しく清書された22の詩篇をデメニーに送ったのは
ランボーの頭の中にそれらが1巻の詩集の形になってほしい、という
淡い望みがあったかららしいのですが
その望みは叶えられることはありませんでした。

自作の詩を自筆で清書したこの年は1870年
ランボー16歳のときのことでした。
後に、この詩篇群が書かれた原稿を
校訂・整理したノートが「ドゥエ詩帖」と呼ばれ
ランボーの前期韻文詩篇の半数を占めます。
15歳から17歳までに作られた44篇の詩は
前期韻文詩篇として分類されますから
「ドゥエ詩帖」にはピタリその半分の詩が収められていることになります。

「蹲踞」を「そんきょ」と読むのは
日本の古典武道の剣道や相撲などで
「蹲踞の姿勢(そんきょのしせい)」と紹介されてポピュラーですが
あの「蹲踞」と同じことで
動物が後ろ足を折って身構える意味の「うずくまる」は
漢字「蹲る=うずくまる」「踞る=うずくまる」を合せて熟語としたものが
日本に輸入されました。
平たくいえば「しゃがむ」という仕草の名詞形です。

フランス語で
accroupirは動詞形
accroupissementsは名詞形で
名詞形であることによって
この詩の「諧謔性」とか「反語性」が強調されているもので
中原中也もそこを汲んで名詞形のタイトルに訳したようです。

ちなみに
金子光晴は「しゃがむ」
西条八十は「しゃがみこんで」
粟津則雄は「しゃがみこんで」
宇佐美斉は「うずくまって」です。

さて、「うづくまる」という動作は
いったいなんなのか――という疑問を持ったところで
この詩を読んでいくことになりますが
冒頭行に出てくる「兄貴カロチュス」がその主語であるようです。

 ◇

やがて、兄者カロチュス、胃の調子が悪くなり
窓から外に一目やったその時だった
磨かれた大鍋のような陽の光に
偏頭痛さえ起こして、眼をドロンとさせては
そのでぶでぶのお腹をかかえて布団の中に運んだのでした。

ゴソゴソと、灰色の布団の中で大騒ぎ(大苦戦!)
獲物に喰らいついた年寄りさながら驚いて
ボテボテの腹に膝を当てました。
なぜなら、拳固を壷の柄のようにして曲げて
肌着をたっぷり腰までまくり上げるためでした!

としたところで、彼氏、しゃがみます、寒がって、足の指を
縮かめて、パンの黄色を薄いガラスにかぶせます
明るい日向に縮かんだまま。
さてお人よしの彼氏の鼻はテカテカに光って
肉でできた珊瑚樹かと間違えるほど、差し込む光を嫌います。

 ◇

「兄貴カロチュス」は
原典の第二次ペリション版が
修道士ミロチュスであるべきところを誤記したため
幾分か、聖職者風刺のニュアンスをそいでしまったようですが
この詩が
ランボーの聖職者への痛烈な批判・罵倒であることが
少しは読めたことでしょうか。

でぶっちょの聖職者カロチュスが
しゃがんで
どんなことをしているのか
どんな不様な姿をさらしているのか――。

 ◇
「それでは、敬虔な歌を一つお目にかけて、しめくくることにしましょう」と
ランボーはデメニーへの書簡の中に記して
自作のこの詩を案内しているそうです。
(「新編中原中也全集・第3巻 翻訳・解題篇」より)

 *

 蹲踞

やがてして、兄貴カロチュス、胃に不愉快を覚ゆるに、
軒窗に一眼(いちがん)ありて其れよりぞ
磨かれし大鍋ごとき陽の光
偏頭痛さへ惹起(ひきおこ)し、眼(まなこ)どろんとさせるにぞ、
そのでぶでぶのお腹(なか)をば布団の中にと運びます。

ごそごそと、灰色の布団の中で大騒ぎ、
獲物(えもの)啖つたる年寄さながら驚いて、
ぼてぼての腹に膝をば当てまする。
なぜかなら、拳(こぶし)を壺の柄と枉げて、
肌着をばたつぷり腰までまくるため!

ところで彼氏蹲(しやが)みます、寒がつて、足の指をば
ちぢかめて、麺麭の黄を薄い硝子に被(き)せかける
明るい日向にかぢかむで。
扨お人好し氏の鼻こそは仮漆(ラツク)と光り、
肉出来の珊瑚樹かとも、射し入る陽光(ひかり)を厭ひます。

     ★

お人好し氏は漫火(とろび)にあたる。腕拱み合せ、下唇を
だらりと垂らし。彼氏今にも火中に滑り、
ズボンを焦し、パイプは消ゆると感ずなり。
何か小鳥のやうなるものは、少しく動く
そのうららかなお腹(なか)でもつて、ちよいと臓物みたいなふうに!

四辺(あたり)では、使ひ古るした家具等の睡り。
垢じみた襤褸(ぼろ)の中にて、穢(けが)らはし壁の前にて、
腰掛や奇妙な寝椅子等、暗い四隅(よすみ)に
蹲まる。食器戸棚はあくどい慾に
満ちた睡気をのぞかせる歌手(うたひて)達の口を有つ

いやな熱気は手狭(てぜま)な部屋を立ち罩(こ)める。
お人好し氏の頭の中は、襤褸布(ぼろきれ)で一杯で、
硬毛(こはげ)は湿つた皮膚の中にて、突つ張るやうで、
時あつて、猛烈可笑しい嚏も出れば、
がたがたの彼氏の寝椅子はゆれまする……

     ★

その宵、彼氏のお臀(しり)のまはりに、月光が
光で出来た鋳物の接合線(つぎめ)を作る時、よく見れば
入り組んだ影こそ蹲(しやが)んだ彼氏にて、薔薇色の
雪の配景のその前に、たち葵かと……
面白や、空の奥まで、面(つら)はヴィーナス追つかける。

(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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