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« 中原中也が訳したランボー「蹲踞」Accroupissementsその2 | トップページ | 中原中也が訳したランボー「坐つた奴等」Les Assis・その2 »

2011年12月10日 (土)

中原中也が訳したランボー「坐つた奴等」Les Assis

「蹲踞」Accroupissementsの次にあるのは
「坐つた奴等」Les Assisです。

「うずくまる」「しゃがむ」の次に
「坐る」とあり
それがどうした、と思いたくなる人の動作・仕草への観察ですが
なかなかどうして
ここにランボーの「言葉」の乱射・乱舞は
極限の時空を行くかのようです。

この詩の原典となった原稿は
二つが存在します。

一つは
ランボーが1871年9月に
ポール・ベルレーヌに宛てた
最初の書簡に添付した詩篇の中にあります。
もう一つは
ポール・ベルレーヌが
世界に先駆けて
アルチュール・ランボーの存在を知らしめた「呪われた詩人たち」の中に
ランボーの詩として引用したものです。
この両者には幾つかの異同があります。

中原中也は
「呪われた詩人たち」にある「アルテュル・ランボオ」を
2度にわたって翻訳していますが
この中でベルレーヌが引用した「Les Assis」を
1度目は昭和4年末から5年初めに
「坐せる奴等」のタイトルで訳しました。
この時に使用したテキストは
「ヴェルレエヌ全集」第4巻でしたが
第2次ペリション版の「ランボオ著作集」をも参照していた形跡があるそうです。
(角川新全集・翻訳・解題篇)

1度目の翻訳「坐せる奴等」のあと
昭和9年(1934年)には
文芸誌「苑」に2度目の訳で「坐った奴等」を発表しました。
2度目の翻訳は
「呪われた詩人たち」収録の「アルテュル・ランボオ」からの引用詩としてではなく
独立した詩として行いました。
この時には
第2次ペリション版を使い
新たな翻訳に作り直しました。

1度目は第1次形態、
2度目は第2次形態とされ
昭和12年の「ランボオ詩集」に発表した
3度目の訳は第3次形態とされ
これは第2次形態を踏襲し
「坐った奴等」のタイトルです。

 ◇

肉瘤こぶ
痘瘡あばた
腰骨こしぼね
古壁ふるかべ
瘡蓋かさぶた
可笑しな体躯
枉がつた木杭さながらの彼等の足
蟇ひきがえる
禿げた頭
人殺す、見えないお手
打たれた犬
恐ろし漏斗じょうご
夕映(ゆふばえ)や、扁桃腺の色
結構な椅子
ずらり並んだ房の下がつた椅子
……

次々に登場する
奇怪(きっかい)で
グロテスクで
醜悪な
壮絶なほど滑稽ですらある
「坐った奴ら」
すなわち
木っ端役人
プチ・ブル小役人
小心翼々の小官僚
……

 ◇

シャルルビル市立図書館で
若きランボーがむさぼり読んだのは
ユーゴー、コペ、バンヴィルばかりでなく
ドニ・ディドロやジャン・ジャック・ルソーばかりでもなく
フランソワ・ラブレーの「ガルカンチュア」あたりまで遡ったらしい――

 *

 坐つた奴等

肉瘤(こぶ)で黒くて痘瘡(あばた)あり、緑(あを)い指環を嵌めたよなその眼(まなこ)、
すくむだ指は腰骨のあたりにしよむぼりちぢかむで、
古壁に、漲る瘡蓋(かさぶた)模様のやうに、前頭部には、
ぼんやりとした、気六ヶ敷さを貼り付けて。

恐ろしく夢中な恋のその時に、彼等は可笑しな体躯(からだ)をば、
彼等の椅子の、黒い大きい骨組に接木(つぎき)したのでありました。
枉がつた木杭さながらの彼等の足は、夜(よる)となく
昼となく組み合はされてはをりまする!

これら老爺(ぢぢい)は何時もかも、椅子に腰掛け編物し、
強い日射しがチクチクと皮膚を刺すのを感じます、
そんな時、雪が硝子にしぼむよな、彼等のお眼(めめ)は
蟇(ひきがへる)の、いたはし顫動(ふるへ)にふるひます。

さてその椅子は、彼等に甚だ親切で、褐(かち)に燻(いぶ)され、
詰藁は、彼等のお尻の形(かた)なりになつてゐるのでございます。
甞て照らせし日輪は、甞ての日、その尖に穀粒さやぎし詰藁の
中にくるまり今も猶、燃(とも)つてゐるのでございます。

さて奴等、膝を立て、元気盛んなピアニスト?
十(じふ)の指(および)は椅子の下、ぱたりぱたりと弾(たた)きますれば、
かなし船唄ひたひたと、聞こえ来るよな思ひにて、
さてこそ奴等の頭(おつむり)は、恋々として横に揺れ。

さればこそ、奴等をば、起(た)たさうなぞとは思ひめさるな……
それこそは、横面(よこづら)はられた猫のやう、唸りを発し、湧き上り、
おもむろに、肩をばいからせ、おそろしや、
彼等の穿けるズボンさへ、むツくむツくとふくれます。

さて彼等、禿げた頭を壁に向け、
打衝(ぶちあ)てるのが聞こえます、枉がつた足をふんばつて
彼等の服の釦こそ、鹿ノ子の色の瞳にて
それは廊下のどんづまり、みたいな眼付で睨めます。

彼等にはまた人殺す、見えないお手(てて)がありまして、
引つ込めがてには彼等の眼(め)、打たれた犬のいたいたし
眼付を想はすどす黒い、悪意を滲(にじ)み出させます。
諸君はゾツとするでせう、恐ろし漏斗に吸込まれたかと。

再び坐れば、汚ないカフスに半ば隠れた拳固(げんこ)して、
起(た)たさうとした人のこと、とつくり思ひめぐらします。
と、貧しげな顎の下、夕映(ゆふばえ)や、扁桃腺の色をして、
ぐるりぐるりと、ハチきれさうにうごきます。

やがてして、ひどい睡気が、彼等をこつくりさせる時、
腕敷いて、彼等は夢みる、結構な椅子のこと。
ほんに可愛いい愛情もつて、お役所の立派な室(へや)に、
ずらり並んだ房の下がつた椅子のこと。

インキの泡がはねツかす、句点(コンマ)の形の花粉等は、
水仙菖の線真似る、蜻蛉(とんぼ)の飛行の如くにも
彼等のお臍のまはりにて、彼等をあやし眠らする。
――さて彼等、腕をもじもじさせまする。髭がチクチクするのです。

(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※「むツくむツく」「もじもじ」は、原作では繰り返し記号「/\」が使われています。
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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