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2011年12月11日 (日)

中原中也が訳したランボー「坐つた奴等」Les Assis・その2

「坐つた奴等」Les Assisの主人公は
はじめ、その様態の描写で登場しますから
いったい何者であるのか分からないのですが
やがて、「彼等」として姿を現し
「老爺=ぢぢい」であることが明るみに出ます。

「老爺」の姿・形の
醜悪で不様で滑稽ですらある様態を描写するのに
韻を踏み
対句を交え
4行11連の中に
音律を整えた上に
絢爛豪華に言語を駆使し
色彩、陰影、匂い、音……
しかもこれは詩の実験ではない
詩の実践である以外にない、といえるような。

世の中の評論家が
ことごとく言語学者になるか
哲学者になるか
または音楽家になるかして
いつしか詩の解明・解読・鑑賞のために
言葉の上に言葉を重ね
ウーンと唸らされるような読みを見せてくれていますが。

 ◇

この「ぢぢい」は
きっかいもきっかい
(奇怪も奇怪)
その可笑しな身体を
彼らが坐っている椅子に接木(つぎき)してしまうのです!

接木――とは?

瓢箪(ヒョウタン)の台木に西瓜(スイカ)の苗を接ぐような
枳殻(カラタチ)の台木に蜜柑(ミカン)の苗を接ぐような
農業や園芸で行われる、あの「技」のことです。
椅子を台木にして老爺(ぢぢい)という苗を自ら接木するのです!

――というメタファーです。
――シンボライゼーションといってもいいかもしれません。

恐ろしく夢中な恋のその時に、と
中原中也が訳した「恋」とは
我が身を忘れて何かに没頭している状態のことでしょうか
文字通り、恋と解しても構いませんが
毎日毎日ワンパタンの営み
何時見ても同じ繰り返しは
端(外部)から見ていると
奇怪(きっかい)! 滑稽! 爆笑!

これら老爺(ぢぢい)は
何時も、椅子に腰掛け
椅子になってしまって
編み物しているのです。
日向ぼっこして
陽の光を浴びているとき
彼らの眼は
ひきがえるの眼になって
ピクピク震えます。

 ◇

「坐った奴等」は
昭和9年(1934年)7月発行の「苑」に発表されました。
ベルレーヌの「呪われた詩人たち」中の「アルテュル・ランボオ」を
初めて訳した昭和4年から5年が経過していることもあって
中原中也は
この第2次形態に自信を持っていた様子です。

この「苑」という詩誌の「寄稿家の会」が
昭和9年4月に2回あり
中原中也も出席者名簿の中に見えます。

最初は銀座の長谷川で、2回目は新宿のセノオで
行われたというこの集まりの出席者を見ておきますと

室生犀星、萩原朔太郎、津村信夫、中原中也、丸山薫、北川冬彦、堀辰雄、阿比留信、堀口大学、青柳瑞穂、辻野久憲、阿部知二、阪本越郎、佐藤朔、田中冬二、西脇順三郎、春山行夫、吉村鉄太郎、高祖保、村野四郎、滝口修造、中村喜久夫、乾直恵、百田宗治

――という、錚々(そうそう)たる顔ぶれです。
(角川新全集・翻訳・解題篇より)

中原中也訳「ランボオ詩集」を大岡昇平の指摘するように
ランボー=シュルレアリスト観の立場で批判した春山行夫がいたり
同じくシュルレアリズムの流れからのランボー論を展開する滝口修造がいたり
ランボーの苦手な堀口大学がいたり……
こんな面々が一堂に会することがあった、ということを知るだけで
驚きの会合です。

 *

 坐つた奴等

肉瘤(こぶ)で黒くて痘瘡(あばた)あり、緑(あを)い指環を嵌めたよなその眼(まなこ)、
すくむだ指は腰骨のあたりにしよむぼりちぢかむで、
古壁に、漲る瘡蓋(かさぶた)模様のやうに、前頭部には、
ぼんやりとした、気六ヶ敷さを貼り付けて。

恐ろしく夢中な恋のその時に、彼等は可笑しな体躯(からだ)をば、
彼等の椅子の、黒い大きい骨組に接木(つぎき)したのでありました。
枉がつた木杭さながらの彼等の足は、夜(よる)となく
昼となく組み合はされてはをりまする!

これら老爺(ぢぢい)は何時もかも、椅子に腰掛け編物し、
強い日射しがチクチクと皮膚を刺すのを感じます、
そんな時、雪が硝子にしぼむよな、彼等のお眼(めめ)は
蟇(ひきがへる)の、いたはし顫動(ふるへ)にふるひます。

さてその椅子は、彼等に甚だ親切で、褐(かち)に燻(いぶ)され、
詰藁は、彼等のお尻の形(かた)なりになつてゐるのでございます。
甞て照らせし日輪は、甞ての日、その尖に穀粒さやぎし詰藁の
中にくるまり今も猶、燃(とも)つてゐるのでございます。

さて奴等、膝を立て、元気盛んなピアニスト?
十(じふ)の指(および)は椅子の下、ぱたりぱたりと弾(たた)きますれば、
かなし船唄ひたひたと、聞こえ来るよな思ひにて、
さてこそ奴等の頭(おつむり)は、恋々として横に揺れ。

さればこそ、奴等をば、起(た)たさうなぞとは思ひめさるな……
それこそは、横面(よこづら)はられた猫のやう、唸りを発し、湧き上り、
おもむろに、肩をばいからせ、おそろしや、
彼等の穿けるズボンさへ、むツくむツくとふくれます。

さて彼等、禿げた頭を壁に向け、
打衝(ぶちあ)てるのが聞こえます、枉がつた足をふんばつて
彼等の服の釦こそ、鹿ノ子の色の瞳にて
それは廊下のどんづまり、みたいな眼付で睨めます。

彼等にはまた人殺す、見えないお手(てて)がありまして、
引つ込めがてには彼等の眼(め)、打たれた犬のいたいたし
眼付を想はすどす黒い、悪意を滲(にじ)み出させます。
諸君はゾツとするでせう、恐ろし漏斗に吸込まれたかと。

再び坐れば、汚ないカフスに半ば隠れた拳固(げんこ)して、
起(た)たさうとした人のこと、とつくり思ひめぐらします。
と、貧しげな顎の下、夕映(ゆふばえ)や、扁桃腺の色をして、
ぐるりぐるりと、ハチきれさうにうごきます。

やがてして、ひどい睡気が、彼等をこつくりさせる時、
腕敷いて、彼等は夢みる、結構な椅子のこと。
ほんに可愛いい愛情もつて、お役所の立派な室(へや)に、
ずらり並んだ房の下がつた椅子のこと。

インキの泡がはねツかす、句点(コンマ)の形の花粉等は、
水仙菖の線真似る、蜻蛉(とんぼ)の飛行の如くにも
彼等のお臍のまはりにて、彼等をあやし眠らする。
――さて彼等、腕をもじもじさせまする。髭がチクチクするのです。

(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※「むツくむツく」「もじもじ」は、原作では繰り返し記号「/\」が使われています。
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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