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2011年12月21日 (水)

中原中也が訳したランボー「夕べの辞」Oraison du soirその4

中原中也が「夕べの辞」と訳した「Oraison du soir」の
鈴木信太郎訳が手元にありますから
読んでおきます。

詩の翻訳は
翻訳の専門家みたいな印象のある
上田敏、堀口大学らも
自作詩を創作した詩人でしたし、
詩人としての活動のかたわらで
翻訳も手がけた金子光晴や中原中也、
詩人というよりは作詞家としての活動が広く知られる
大木淳夫(篤夫)や西条八十、
評論など散文を書くことが主軸の小林秀雄や
詩も散文(小説)も書く清岡卓行
……

そして
学問のプロであり専門の研究家であり
教壇に立ち学生の教育にも携わる教官でもある
辰野隆、鈴木信太郎
……と、ざっと見ても
ランボーを早い時期に翻訳した文学者それぞれのテリトリーは多彩です。

鈴木信太郎は
辰野隆、山田珠樹らとともに
大正から昭和初期にかけて
東京帝大のフランス文学科(トウダイ・フツブンカ)を
隆盛に導いた教官として有名ですが
とりわけ、「近代佛蘭西象徴詩抄」(春陽堂、1924年)は
ベルレーヌ、ランボー、ボードレールら
フランス象徴詩派と呼ばれる詩人たちの詩を紹介して
当時の学生たちに貪るように読まれたことが伝わっています。

その学生の中に小林秀雄がいて
小林秀雄は富永太郎、正岡忠三郎(子規の義理の甥)と
府立一中の先輩・後輩の関係だったために
富永太郎を京都で知った中原中也は
上京して小林秀雄を知り
ランボーにより深く傾注することになります。

こうして、長谷川泰子をめぐる
小林秀雄と中原中也の運命の事件は
「ランボーという事件」の渦中で同時進行しますが
今は、ランボーという事件の流れの中にあり
この流れを「発信するプロフェショナル」が
鈴木信太郎や辰野隆という大学者であったということになります。

小林秀雄、中原中也は
学生でありながら(在野にあって)
プロとしての道を選択し、
一方は、散文(評論)、一方は、韻文(詩)へと進み
その道中でランボーを世の中に広める役割を果たしました。
富永太郎は急逝してしまいましたが
小林秀雄、中原中也を結びました。

 ◇

鈴木信太郎の訳の
端正な声調と風格は
歴史的かな遣いを現代語にしてみれば
ますます際立ってくることに気づくことでしょう。

 ◇

 夕の祈祷
 鈴木信太郎訳

理髪師の手に身をまかせた天使のやうに、坐りこみ、
丸溝のついたビールのジョッキを手に摑み、
太鼓腹(たいこばら)、頸を反らせて、陶器製パイプを 俺は咥へてゐる、
空々漠々 真帆片帆 空一面に飛んでゐる。

古ぼけた鳩小屋にたまつた熱い糞のやうに、
俺の胸には 簇(むら)がる夢が 甘い火傷の痕をつける。
それから一寸 しんみりとして、鋳型から溶(とろ)けて流れる
くすんだ黄金が 型木を赤く焼け焦す といふやうな心持。

さらにそれから、念入りに自分の夢を呑み干してから、
三四十杯飲んだ揚句に、くるりと後に振り向いて、
どうにもたまらぬ要求を ぶつ放そうと 冥想する。

大木(セエドル)にして雑草(イゾオブ)の偉大で卑小な基督のやうに気持も
晴々と、褐色の空に向かつて 高々と遙かに俺は放尿する、
――憚りながら 背の高い木立瑠璃草(ヘリオトロオプ)の御同意を得て。――

※「ランボオ全集Ⅰ」(昭和27年、創元社)より引用。
※原作は「天使」「夢」に傍点があります。漢字は新漢字に改め、また、一部のルビを( )で示したほかを省略しました。

 *

 夕べの辞

私は坐りつきりだつた、理髪師の手をせる天使そのままに、
丸溝のくつきり付いたビールのコップを手に持ちて、
下腹突き出し頸反らし陶土のパイプを口にして、
まるで平(たひら)とさへみえる、荒模様なる空の下。

古き鳩舎に煮えかへる鳥糞(うんこ)の如く、
数々の夢は私の胸に燃え、徐かに焦げて。
やがて私のやさしい心は、沈欝にして生々(なまなま)し
溶(とろ)けた金のまみれつく液汁木質さながらだつた。

さて、夢を、細心もつて嚥のみ下し、
身を転じ、――ビール三四十杯を飲んだので
尿意遂げんとこゝろをあつめる。

しとやかに、排香草(ヒソフ)や杉にかこまれし天主の如く、
いよ高くいよ遐とほく、褐色の空には向けて放尿す、
――大いなる、ヘリオトロープにうべなはれ。

 *

 夕の弁

我は理髪師の手もてる天使の如く坐してありき、
深き丸溝あるビールのコップを手に持ちて、
小腹と首をつん反(ぞ)らせ、ギャムビエを歯に、
ふくよかに風孕む帆が下に。

古き鳩舎の火照りある糞のごと
千の夢は、我をやさしく焦がしたり。
と忽ちに、我が哀しき心、熔けたる
暗き黄金の血を流す 白木質となれりけり。

軈て我、細心をもて我が夢を呑み下せしに、
惑乱す、数十杯のビール傾け、
扨入念す、辛き心を浚はむと。

やさしさ、杉とヒソプの主の如く、
いや高くいや遠き褐の空向け放尿す、
大いなるヘリオトロープにあやかりて。

(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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