中原中也が訳したランボー「坐つた奴等」とベルレーヌ「呪われた詩人たち」その2
「坐った奴等」Les Assisは
ポール・ベルレーヌが「呪われた詩人たち」の中の
「アルチュール・ランボー」で
ランボーの作品として引用した詩篇の一つです。
それを中原中也が訳した未発表原稿があり
訳稿A、訳稿Bと分類整理されていますが
訳稿Bには「坐せる奴等」はあります。
解説部分に引き続き
詩の部分を読んでおきます。
◇
昭和4年(1929年)から同5年(1930年)にかけて
中原中也は
「呪われた詩人たち」の「トリスタン・コルビエール」、
「ポーヴル・レリアン」を続いて翻訳し発表しましたが
この「アルテュル・ランボオ」は
同じ頃に翻訳に取りかかり
昭和7年前後にも再度試みましたが
いずれも決定稿にいたらず、未発表に終りました。
この未完成原稿は
第1次形態になります。
大岡昇平は
未完訳の理由を
「アルテュル・ランボオ」に引用されている「酔ひどれ船」の翻訳に手間がかかったため、と推察しています。
(「角川新全集・第3巻・翻訳・解題篇」)
◇
第1次形態は
第2次形態、第3次形態との間に大幅な異同がありますが
初の翻訳であることの瑞々しさのようなものが漂い
異なった味わいがあるところを見逃せません。
*
アルテュル・ランボオ
ポール・ヴェルレーヌ
(訳稿B)
坐せる奴等
狼の暗愁、雹害、緑の指環を留めた眼、
腰に当てられ縮(ちぢ)かみ膨れた奴等の指、
古壁の癩を病む開花の如く
乱れた旋毛(つむじ)の奴等の頭、
奴等は癲癇に罹つた情愛の中に奴等の椅子の
大きい骨組のやうに奇妙な骨骼を接木した。
奴等はその佝僂な木柵のやうな脚を
朝でも夕方でも組むでゐる。
これ等老ぼれ達は何時も椅子で編物をしてゐる、
活潑なお日様が彼等の皮膚に沁みいるのを感じながら、
或は、その上で雪の溶けつつある硝子のやうな奴等の眼を、
蟇蛙(ひきがえる)の傷ましき戦慄もて震撼されながら。
椅子は奴等に親切なもんだ、茶つぽくなつて、
藁芯は奴等の腰の角度どほりに曲つてゐる。
過ぎし日の太陽の霊は、穀粒がウヅウヅする
穂積の中にくるまれて明るむでゐる。
して奴等は、膝を歯に、ピアニストさながら、
太鼓のやうにガサツク椅子の下に十の指をやり、
わびしげな舟唄をしんねりむつつり聴いてゐる、
そして頭は愛のたゆたひにゆれだす。
おゝ! 奴等を呼ぶな! 呼びでもすれあ大変だ……
彼等は昂然として擲られた猫のやうに唸りだす、
徐ろに肩をいからせながら、おお桑原々々!
ズボンまでが腰のまはりに膨らむだらう。
そして君は聞くだらう、奴等が禿げ頭を
暗い壁に打ちつけるのを、曲がつた足をヂタバタしながら、
奴等の服のボタンは鹿ノ子色の瞳のやうで
廊下のどんづまりみたいな視線を君は投げかけられる!
いつたい奴等は人を刺す目に見えない手を持つてゐる……
ひつ返す時に、奴等の濾過器のやうな視線・黒い悪意は
打たれた牝犬の嘆かはしげな眼をしてゐる、
君は狂暴な漏斗の中に吸込まれたやうでがつかりする。
再び着席して、汚れたカフスの中に拳をひつこめて、
奴等は奴等を呼び起した者のことを考へてゐる
そして、夕焼のやうな奴等の咽喉豆(のどまめ)が
か弱い顎の下で刳られるやうに動くのを覚える。
はげしい睡気がきざす時、
奴等は結構な椅子の上で夢みる、
ほんに可愛いい布縁の椅子のことを
立派な事務室にその椅子が竝べられたところを。
インクの花は花粉の点々と跳ねつかし
蹲つた臍に沿つて水仙菖の繊維のやうに
蜻蛉の飛行のやうに奴等をこそぐる、
――そして奴等の手は頬鬚に突かれていぢもぢする。
(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
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