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2012年2月29日 (水)

中原中也が訳したランボー「酔ひどれ船」Bateau ivreその6

ランボーが友人ポール・ドメニー宛に
1871年5月15日付けに出した書簡を
「ランボーの手紙」(祖川孝訳、角川文庫)から引用して読んでいますが
2、3キーワードとなるところを
ピックアップしますと

○ かく申し上げるについては「わたし」と云うのは一人の「他人」だからです。銅が喇
叭(らっぱ)になり変ったところで、銅になんの落度もございますまい。

○ 詩人ならんと願うものの第一に究むべきことは、自分自身を完全に知ることです。
自己の魂を探求し、それを検討し、それを試み、それを把握することです、それを
知ってしまったら、それを培わねばなりません、こうしてみるとなんの訳もなさそう
です。

○ ところで、魂をば怪物のように作り上げるのが肝心なのです。コンプラキコスの手
口でもって、ね! 自分の面へ疣(いぼ)を植えつけて置いて、そいつを育てあげ
る人間を御想像下さい。

○ 「見者」たるべし、「見者」となるべし、と私は云うのです。口舌に尽し難い苦悩、そ
の時こそ、あらゆる信念、あらゆる超人間的な力が必要であり、その時こそあらゆ
る人々の中で最も偉大な病者、最も偉大な罪人、最も偉大な呪(のろ)われ人とな
り、――果ては至上の「学者」となる! なにしろ彼は未知のものに達しているか
らである! それも既にいかなる魂にも増して豊穣(ほうじょう)だった自分の魂を
自ら耕したからである。彼は未知のものに達したのである。

○ そして気も錯乱して遂には自分の幻像が理解出来なくなった時、彼は正しくその
幻像を見たわけです!

○ だから、詩人は正に火を盗み出す者です。

――これまでのところ、これくらいでしょうか。
これくらいというのは、
これだけは押さえておきたい最低限ということで
ほかはどうでもよい、ということではありません。

印象に残る名言というべきか
あまりにも有名になったランボーの珠玉というべきか
これを頭に入れておいて
ランボーの詩を読むと
少しは謎が解けるようなことが起こるかもしれないし
いつか役に立つことがあるかもしれないという意味で
覚えておいたほうがよい言葉です。

というわけで
あと3分の1ほどを読みます。

(前回からつづく)

 彼は人類を背負っています。「動物」までも背負っています。自分で発明したものを人に感じさせ手に触れさせ傾聴させねばなりません。「彼方」から持ち返って来るものに形があればそれに形を与え、形なきものならば形なさを与える。詞(ことば)を発見することです。のみならず、詞(ことば)はなにによらず思想であるからには、必ずや世界語の時代が到来するでしょう! どんな言葉で書かれるものであろうと、辞典を完成するためにはアカデミシャン――化石よりも死物であるところの――でなければならぬ。弱小な連中がアルファベットの最初の文字について「思索に」とりかかったりしたら、忽(たちま)ち狂乱の中へ迷い込んでしまうかも知れない。

 このような長談義は、香も、音も、色も、すべてを一つにつづめた、魂のための魂から迸(ほとばし)り出るものであり、思索を鉤(かぎ)にかけて引き寄せる思索から発するものです。詩人は、世界魂の裡にその時々に眼覚める未知なるものの量を決定するのです。自己の思想の方式以上のものを、彼の「進歩への歩み」の注釈以上のものを与えるのです。法外さも万人に吸収されて規範となるが故に、彼こそが正しく「進歩の乗数」であると云ってよい!

 こうした未来は唯物的なものとなることは、あなたにも明らかでしょう。――常に数と調和に溢(あふ)れ、詩は永く残るべきものとして作られるでしょう。実はこれもまだ幾分ギリシア詩かもしれません。

 詩人もまた市民であるように、永遠不朽の芸術にも、それ自体の職能があろう。詩はもはや行動を韻律化することを止めて、みずから前進し始めるだろう。

 こうした詩人は必ず出て来るのだ! 男性が――これまでは言語道断であったが――性を放免した結果、女性の永久的奴隷制度が打ち破られ女性が女性のために、また女性の力で生活するようになる時が来れば、女も亦詩人となるでしょう! 女も未知のものを発見するでしょう! 女性の思想の世界は、われわれのものとはまた違ったものであろうが、見慣れぬものや、測り知れぬものや、不愉快なものや、甘美なものを、彼女は見出すことだろう。わたしたちはそれを取りあげ、それを理解するだろう。

 それまでのところは、「新奇なもの」の詩人たちに要求することとしよう――思想と形式とを。巧者な連中はみんな程なくこの要求に満足を与えたものと思い込むかも知れない。ところが、そんなことではないのだ。

 初期の浪漫主義者たちは、みずから見者たるかをあまり弁えずに見者だったのでした。――つまり、彼らの魂の耕作というものは偶発事から始ったのでした。打ちすてられてものの、しかし燃えさかっているので、しばらくの間はレールの上をともかくも走る機関車のようなものです。ラマルティーヌはたまたま見者であることもありますが、古臭い形式で、首を絞めつけられています。ユゴーは大へん“きかぬ屋”ですが、晩年の著作のうちには、“見られたもの”が相当みうけられます。「レ・ミゼラブル」こそは正真正銘の詩です。「懲罰」が手許にございますが、「ステラ」はユゴーの“視界”の及ぶところをほぼ示しています。ベルモンテとラムネエ、エホバと四柱など、古びすたれたとんでもないものが多すぎます。
(※“きかぬ屋” “見られたもの” “視界”――とある部分は、原作では傍点になっています。編者。)

 ミュッセはわたしたちにとって、幻像に憑(つ)かれた苦悶(くもん)の世代のひとびとにとって、十四回憎んでもまだあきたらぬ男です。彼の天使のような怠慢ぶりには、そうしたわたしたちはどんなに侮辱されたことか! ああ! 味気ないコントと俚諺(りげん)喜劇! ああ「夜」! ああ「ロオラ」! ああ「ナムゥナ」! ああ「酒盃」! どれを見てもフランス的なものばかり、すなわち極度に唾棄(だき)すべきものです。フランス的であるが、巴里的ではない。またしても一つ、ラブレーに、ヴォルテールに、ジャン・ラ・フォンテーヌに霊感を与え、テエヌによって注釈された、あの胸糞(むなくそ)の悪い精神の作品だ。表向きのものです、ミュッセの精神は! 惚れ惚れとするやつです、彼の恋ってやつは! これこそ正にエナメル画、なが持ちのする詩というやつです。人々はいつまでも「フランス的な」詩を賞翫(しょうがん)することでしょう。但しフランスではです。どんな乾物屋の小僧も、ロオラ的一くさりぐらい繰り出すことができ、どの神学生にしろ手帖(てちょう)の裏に五百の韻詩は忍ばせています。十五歳ともなれば、ああした情熱の衝動が若いものにさかりをつけるのです。十六歳にもなれば、すでにああ云うものを心を籠(こ)めて暗誦(あんしょう)しては自分を満足させるのです。十八歳ともなれば、いや十七歳でさえも、その能力のある学生なら、誰でも「ロオラ」のようなものを作り、「ロオラ」の一つ位は書いてみるものです。恐らく今でもまだそのために死ぬものだっていることでしょう。ミュッセは何ひとつ作るすべを知りませんでした。しかしカアテンの向うに幻像がありました。彼は眼を閉じてしまったのです。フランス的で、煮えきらぬ人間として、そして安カフェから学校の机へと引き廻(まわ)されて、死せる美男は死んでしまったのです。で、もうこれからは、わたしたちは私たちの憎悪で彼の眠りを覚す労さえとらないのです!

(つづく)

 *

 酔ひどれ船

私は不感な河を下って行ったのだが、
何時しか私の曳船人等は、私を離れているのであった、
みれば罵り喚く赤肌人等が、彼等を的にと引ッ捕らえ、
色とりどりの棒杭に裸のままで釘附けていた。

私は一行の者、フラマンの小麦や英綿(えいめん)の荷役には
とんと頓着していなかった
曳船人等とその騒ぎとが、私を去ってしまってからは
河は私の思うまま下らせてくれるのであった。

私は浪の狂える中を、さる冬のこと
子供の脳より聾乎(ぼつ)として漂ったことがあったっけが!
怒涛を繞(めぐ)らす半島と雖も
その時程の動乱を蒙(う)けたためしはないのであった。

嵐は私の海上に於ける警戒ぶりを讃歎した。
浮子(うき)よりももっと軽々私は浪間に躍っていた
犠牲者達を永遠にまろばすという浪の間に
幾夜ともなく船尾(とも)の灯に目の疲れるのも気に懸けず。

子供が食べる酸い林檎よりもしむみりと、
緑の水はわが樅の船体に滲むことだろう
又安酒や嘔吐の汚点(しみ)は、舵も錨も失せた私に
無暗矢鱈に降りかかった。

その時からだ、私は海の歌に浴した。
星を鏤(ちりば)め乳汁のような海の、
生々しくも吃水線は蒼ぐもる、緑の空に見入ってあれば、
折から一人の水死人、思い深げに下ってゆく。

其処に忽ち蒼然色(あおーいいろ)は染め出され、おどろしく
またゆるゆると陽のかぎろいのその下を、
アルコールよりもなお強く、竪琴よりも渺茫と、
愛執のにがい茶色も漂った!

私は知っている稲妻に裂かれる空を竜巻を
打返す浪を潮流を。私は夕べを知っている、
群れ立つ鳩にのぼせたような曙光を、
又人々が見たような気のするものを現に見た。

不可思議の畏怖に染みた落日が
紫の長い凝結(こごり)を照らすのは
古代の劇の俳優か、
大浪は遠くにはためき逆巻いている。

私は夢みた、眩いばかり雪降り積った緑の夜を
接唇(くちずけ)は海の上にゆらりゆらりと立昇り、
未聞の生気は循環し
歌うがような燐光は青に黄色にあざやいだ。

私は従った、幾月も幾月も、ヒステリックな
牛小舎に似た大浪が暗礁を突撃するのに、
もしかの光り耀うマリアの御足が
お望みとあらば太洋に猿轡かませ給うも儘なのを気が付かないで。

船は衝突(あた)った、世に不可思議なフロリダ州
人の肌膚の豹の目は叢なす花にいりまじり、
手綱の如く張りつめた虹は遙かの沖の方
海緑色の畜群に、いりまじる。

私は見た、沼かと紛う巨大な魚梁(やな)が沸き返るのを
其処にレヴィヤタンの一族は草に絡まり腐りゆき、
凪の中心(もなか)に海水は流れそそぎ
遠方(おちかた)は淵を目がけて滝となる!

氷河、白銀の太陽、真珠の波、燠の空、
褐色の入江の底にぞっとする破船の残骸、
其処に大きな蛇は虫にくわれて
くねくねの木々の枝よりどす黒い臭気をあげては堕ちていた!

子供等にみせたかったよ、碧波に浮いている鯛、
其の他金色の魚、歌う魚、
漚(オウ)の花は私の漂流を祝福し、
えもいえぬ風は折々私を煽(おだ)てた。

時として地極と地帯に飽き果てた殉教者・海は
その歔欷(すすりなき)でもって私をあやし、
黄色い吸口のある仄暗い花をばかざした
その時私は膝つく女のようであった

半島はわが船近く揺らぎつつ金褐の目の
怪鳥の糞と争いを振り落とす、
かくてまた漂いゆけば、わが細綱を横切って
水死人の幾人か後方(しりえ)にと流れて行った……

私としてからが浦々の乱れた髪に踏み迷い
鳥も棲まわぬ気圏(そら)までも颶風によって投げられたらば
海防艦(モニトル)もハンザの船も
水に酔った私の屍骸(むくろ)を救ってくれはしないであろう、

思いのままに、煙吹き、紫色の霧立てて、
私は、詩人等に美味しいジャミや、
太陽の蘚苔(こけ)や青空の鼻涕(はな)を呉れる
壁のように赤らんだ空の中をずんずん進んだ、

電気と閃く星を著け、
黒い海馬に衛られて、狂える小舟は走っていた、
七月が、丸太ン棒で打つかとばかり
燃える漏斗のかたちした紺青の空を揺るがせた時、

私は慄えていた、五十里の彼方にて
ベヘモと渦潮の発情の気色(けはい)がすると、
ああ永遠に、青き不動を紡ぐ海よ、
昔ながらの欄干に倚る欧羅巴が私は恋しいよ。

私は見た! 天にある群島を! その島々の
狂おしいまでのその空は漂流う者に開放されてた、
底知れぬこんな夜々には眠っているのか、もう居ないのか
おゝ、百万の金の鳥、当来の精力よ!

だが、惟えば私は哭き過ぎた。曙は胸抉り、
月はおどろしく陽はにがかった。
どぎつい愛は心蕩(とろ)かす失神で私をひどく緊(し)めつけた。
おゝ! 竜骨も砕けるがよい、私は海に没してしまおう!

よし今私が欧羅巴の水を望むとしても、それははや
黒い冷たい林の中の瀦水(いけみず)で、其処に風薫る夕まぐれ
子供は蹲んで悲しみで一杯になって、放つのだ
五月の蝶かといたいけな笹小舟。

あゝ浪よ、ひとたびおまえの倦怠にたゆたっては、
棉船の水脈(みお)ひく跡を奪いもならず、
旗と炎の驕慢を横切りもならず、
船橋の、恐ろしい眼の下をかいくぐることも、出来ないこった。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※原作の歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに改め、ルビは一部を省略しました。

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