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2012年2月27日 (月)

中原中也が訳したランボー「酔ひどれ船」Bateau ivreその4

ランボーが「Bateau ivre」を作ったのは
パリ・コンミューンが労働者側の敗北に終わって後の
ポール・ヴェルレーヌに初めて会うまでの間、
1871年9月と推定されています。

この期間にランボーは
後に「見者(ボワイヤン)の美学」として広く知られることになる
独特の詩論を固めて
知人・友人宛の書簡の中で展開しますから
「Bateau ivre」と「見者の詩学」は
同じ時期に書かれたことになります。

書簡の一つが
1871年5月13日付けで
旧師ジョルジュ・イザンバールへ
もう一つが5月15日付けで
文学上の友人ポール・ドメニーへ宛てられました。
ここでドメニー宛の書簡を読んで
ボワイヤンについて少しだけ知っておくことにしましょう。

二つの書簡は
同一のことを相手の違いを配慮して展開しているようで
イザンバール宛で概念的に短く提示した見者論を
ドメニー宛で詳しく説明的に提示したものという解釈が普及しています。
(西条八十など。)

いま、比較的に手に入りやすいものとして
「ランボー全詩集」(鈴木創士訳、河出文庫)、
「ランボーの手紙」(祖川孝訳、角川文庫)や
「ランボー詩集」(鈴村和成訳編、思潮社)などがありますが
初版発行日が最も古い祖川孝訳で読みます。

以下、引用になりますが、長いので何度かに分割します。

ポール・ドメニー宛(在ドゥエ)
                            シャルルヴィル 1871年5月15日

 新しい文学について一時間ばかし油を売ることにしました。ひきつづき際物の聖詩から始めます。

 巴里の軍歌

春の胸のすく清らかさ、そは
緑したたる所有物(すべてのもの)の心から飛び立ち
ティエールとピキヤアルの飛翼が
覆なき耀(ひかり)を放っているからだ。

おお 五月! 露(あらわ)な臀部(でんぶ)の なんたる狂おしさよ!
シェヴル、ムゥドン、バニュウ、アスニエール
いざ 耳傾けよ 客人(まろうど)たちの
春のもの蒔(ま)く音に!

彼らの持ちものといえば軍帽、サーベル、銅鑼(どら)
古ぼけた蝋燭(ろうそく)箱こそないけれど。
快走船は 手ぶらで 走る……
くれないの水たたえる湖をかきわけ

あなたにえし 未明(あけがた)に
黄なる荒玉
わが茅屋(ぼうおく)に降りそそげば
われらは ためしなき程に 浮れ騒ぐ。

ティエールとピキヤアルはエロス
向日葵(ひまわり)の掠奪者。
石油(あぶら)でもって コロオを画く
彼らが流儀の出来損ね……

彼らは大山師の眷者一族……
しかも、花菖蒲の中に伏してファブルは
水しぶきのように眼をばまばたき
胡椒(こしょう)で鼻をびくつかせる。

石油(あぶら)のシャワーをそそげども、
都大路の舗道(ほどう)はなおも熱し、
そこで、われらは思い切って
役目にあるおん身を授けねばなるまい……

長い間、うずくまって
のうのうとしている田舎者めら、
赤い潰滅(かいめつ)の中で
小枝の折れるのを聞くだろう。

 次に、詩の将来についての散文はこうです。

 古代詩はすべてギリシア詩、すなわち調和ある生活に帰着します。
 ギリシアから浪漫主義運動まで――つまり中世には――幾多の文学者なり作詩家なりが輩出しています。エニイウスからテロデュス、テロデュスからジィミイル・ドゥラヴィーニュに至る間、どれをあげても韻文化された散文であり、戯れごとであり、数かぎりない馬鹿者の世代の無気力と光栄とです。――ラシーヌは純粋で、力強くまた大きい――万一、彼の韻律が吹き消され、半句が乱されでもしていたら、今日では「聖なる愚者」も起原時代の最初に現れた作者と同じく、まったく知られずにいたことだろう。ラシーヌ以後はその戯れごとも黴(かび)が生えて来ます、こいつは正に二千年つづいたのです!

 冗談でも逆説でもございません。理性の力によって、私はこの問題について、「若きフランス」が嘗てそれほどの忿懣を感じたことはなかったほどの確信を懐かされたのです。それに、先人を嫌悪するのは新人たちの自由です。なにをしようと気随気儘(きまま)で、こっちには時間がある。

 浪漫主義は、曾て正しく批判されたことがありません。誰がそれを批判したでしょう。批判家がです! では、浪漫主義者はどうだろう! これは歌が作品――即ち、歌い手によって歌われ理解された思想――である場合が実に稀(ま)れであることを充分証明している連中です。

 かく申し上げるについては「わたし」と云うのは一人の「他人」だからです。銅が喇叭(らっぱ)になり変ったところで、銅になんの落度もございますまい。話は至極簡単明瞭(めいりょう)です。わたしは今や思想の開化の席に臨んでいます。それを眼に凝し、それに耳をすましています、そして楽弓(ゆみ)を一ゆみひけばシンフォニーはあの深淵(しんえん)の中で律動を始め、或(あるい)はいきなり舞台の上に躍り出るのです。

まずは、
コミューン体験を歌った自作詩が披瀝されます。

もうすでに
ランボーのコンミューンへの熱情は冷めているようです。

そして、詩の未来について述べるのですが
それを述べるために
詩の歴史についてひとくさりをやるのです。
相手が、文学志向の強い友人ドメニーのことですから
ランボーの思う存分が展開されていきます。

「私は一つの他人」――。
有名な一節が現れました。

(つづく)

 *

 酔ひどれ船

私は不感な河を下って行ったのだが、
何時しか私の曳船人等は、私を離れているのであった、
みれば罵り喚く赤肌人等が、彼等を的にと引ッ捕らえ、
色とりどりの棒杭に裸のままで釘附けていた。

私は一行の者、フラマンの小麦や英綿(えいめん)の荷役には
とんと頓着していなかった
曳船人等とその騒ぎとが、私を去ってしまってからは
河は私の思うまま下らせてくれるのであった。

私は浪の狂える中を、さる冬のこと
子供の脳より聾乎(ぼつ)として漂ったことがあったっけが!
怒涛を繞(めぐ)らす半島と雖も
その時程の動乱を蒙(う)けたためしはないのであった。

嵐は私の海上に於ける警戒ぶりを讃歎した。
浮子(うき)よりももっと軽々私は浪間に躍っていた
犠牲者達を永遠にまろばすという浪の間に
幾夜ともなく船尾(とも)の灯に目の疲れるのも気に懸けず。

子供が食べる酸い林檎よりもしむみりと、
緑の水はわが樅の船体に滲むことだろう
又安酒や嘔吐の汚点(しみ)は、舵も錨も失せた私に
無暗矢鱈に降りかかった。

その時からだ、私は海の歌に浴した。
星を鏤(ちりば)め乳汁のような海の、
生々しくも吃水線は蒼ぐもる、緑の空に見入ってあれば、
折から一人の水死人、思い深げに下ってゆく。

其処に忽ち蒼然色(あおーいいろ)は染め出され、おどろしく
またゆるゆると陽のかぎろいのその下を、
アルコールよりもなお強く、竪琴よりも渺茫と、
愛執のにがい茶色も漂った!

私は知っている稲妻に裂かれる空を竜巻を
打返す浪を潮流を。私は夕べを知っている、
群れ立つ鳩にのぼせたような曙光を、
又人々が見たような気のするものを現に見た。

不可思議の畏怖に染みた落日が
紫の長い凝結(こごり)を照らすのは
古代の劇の俳優か、
大浪は遠くにはためき逆巻いている。

私は夢みた、眩いばかり雪降り積った緑の夜を
接唇(くちずけ)は海の上にゆらりゆらりと立昇り、
未聞の生気は循環し
歌うがような燐光は青に黄色にあざやいだ。

私は従った、幾月も幾月も、ヒステリックな
牛小舎に似た大浪が暗礁を突撃するのに、
もしかの光り耀うマリアの御足が
お望みとあらば太洋に猿轡かませ給うも儘なのを気が付かないで。

船は衝突(あた)った、世に不可思議なフロリダ州
人の肌膚の豹の目は叢なす花にいりまじり、
手綱の如く張りつめた虹は遙かの沖の方
海緑色の畜群に、いりまじる。

私は見た、沼かと紛う巨大な魚梁(やな)が沸き返るのを
其処にレヴィヤタンの一族は草に絡まり腐りゆき、
凪の中心(もなか)に海水は流れそそぎ
遠方(おちかた)は淵を目がけて滝となる!

氷河、白銀の太陽、真珠の波、燠の空、
褐色の入江の底にぞっとする破船の残骸、
其処に大きな蛇は虫にくわれて
くねくねの木々の枝よりどす黒い臭気をあげては堕ちていた!

子供等にみせたかったよ、碧波に浮いている鯛、
其の他金色の魚、歌う魚、
漚(オウ)の花は私の漂流を祝福し、
えもいえぬ風は折々私を煽(おだ)てた。

時として地極と地帯に飽き果てた殉教者・海は
その歔欷(すすりなき)でもって私をあやし、
黄色い吸口のある仄暗い花をばかざした
その時私は膝つく女のようであった

半島はわが船近く揺らぎつつ金褐の目の
怪鳥の糞と争いを振り落とす、
かくてまた漂いゆけば、わが細綱を横切って
水死人の幾人か後方(しりえ)にと流れて行った……

私としてからが浦々の乱れた髪に踏み迷い
鳥も棲まわぬ気圏(そら)までも颶風によって投げられたらば
海防艦(モニトル)もハンザの船も
水に酔った私の屍骸(むくろ)を救ってくれはしないであろう、

思いのままに、煙吹き、紫色の霧立てて、
私は、詩人等に美味しいジャミや、
太陽の蘚苔(こけ)や青空の鼻涕(はな)を呉れる
壁のように赤らんだ空の中をずんずん進んだ、

電気と閃く星を著け、
黒い海馬に衛られて、狂える小舟は走っていた、
七月が、丸太ン棒で打つかとばかり
燃える漏斗のかたちした紺青の空を揺るがせた時、

私は慄えていた、五十里の彼方にて
ベヘモと渦潮の発情の気色(けはい)がすると、
ああ永遠に、青き不動を紡ぐ海よ、
昔ながらの欄干に倚る欧羅巴が私は恋しいよ。

私は見た! 天にある群島を! その島々の
狂おしいまでのその空は漂流う者に開放されてた、
底知れぬこんな夜々には眠っているのか、もう居ないのか
おゝ、百万の金の鳥、当来の精力よ!

だが、惟えば私は哭き過ぎた。曙は胸抉り、
月はおどろしく陽はにがかった。
どぎつい愛は心蕩(とろ)かす失神で私をひどく緊(し)めつけた。
おゝ! 竜骨も砕けるがよい、私は海に没してしまおう!

よし今私が欧羅巴の水を望むとしても、それははや
黒い冷たい林の中の瀦水(いけみず)で、其処に風薫る夕まぐれ
子供は蹲んで悲しみで一杯になって、放つのだ
五月の蝶かといたいけな笹小舟。

あゝ浪よ、ひとたびおまえの倦怠にたゆたっては、
棉船の水脈(みお)ひく跡を奪いもならず、
旗と炎の驕慢を横切りもならず、
船橋の、恐ろしい眼の下をかいくぐることも、出来ないこった。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※原作の歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに改め、ルビは一部を省略しました。

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