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2012年2月15日 (水)

中原中也が訳したランボー「やさしい姉妹」Les Sœurs de charitéその2

「やさしい姉妹」Les Sœurs de charitéは
ランボーの修辞学コースの担任ジョルジュ・イザンバールの
友人であり詩人であるポール・デメニー(ドメニーと訳すこともあります)の
結婚と関連づけて語られることが定例のようです。

ある一つの詩が
ある解釈を試みられる場合に
その詩が作られた背景が探られて
詩人が営んでいた実生活との関係が注目され
実生活と作品の因果律の中で
詩が読まれるのは普通によくあることです。

よくあること、というより
ほとんどの詩という詩、
作品という作品は
詩の外部から、作品の外部から
詩の中へ、作品の中へという経路
またはその逆の経路をたどって
読まれているといっても過言ではありません。

詩の中へいきなり入っていくことが
階段を何段か飛ばして
駆け上がっていくような無理があるなら
飛ばしてしまっては危ないことになる階段を
一段一段上っていったほうが
詩の中に入りやすいというようなことでしょうか。

「やさしい姉妹」は
デメニーが1971年3月に結婚したことに触れた
ランボーのデメニー宛の手紙が「一つの階段」になり
作品の中と外がつながり
解釈の手掛かりとなっています。

この詩の若者とは
ポール・デメニーを指示しているのですが
だからといって
若者が実生活上のデメニーそのものであるとは言えないところに
詩は成り立っていることをも見過ごせません。
若者=デメニーのことを歌いながら
若者にはランボー自身が投影されていないとも限らないのです。

このようにして
この詩の入り口に立ってみますと……。

この若者、その眼はかがやき、皮膚は褐色、
裸にしてみたいほどの身体、
月下に崇拝されるペルシャ国の
ある知られざる神の、赤銅に縁どられた額、

剽悍だが、女を知らず、ものごとを悲観するやさしさがあり
自分の人並み優れた好みに誇りをもっているのは
若々しい海か、ダイアモンドの地層の上に
キラキラ輝いている真夏の夜の涙か

この若者、この世の醜悪さを前に
心底ぞっとして、ひどく苛立ち
癒すことのできない傷を負って以来
やさしい妹(いも)=恋人でもあったらいいなあと、思ひはじめた……のです。

(つづく)

 *
 やさしい姉妹

若者、その眼は輝き、その皮膚は褐色(かちいろ)、
裸かにしてもみまほしきその体躯(からだ)
月の下にて崇めらる、ペルシャの国の、
或る知られざる神の持つ、銅(あかがね)に縁(ふち)どられたる額して、

慓悍なれども童貞の悲観的なるやさしさをもち
おのが秀れた執心に誇りを感じ、
若々し海かはた、ダイアモンドの地層の上に
きららめく真夏の夜々の涙かや、

此の若者、現世(うつしよ)の醜悪の前に、
心の底よりゾツとして、いたく苛立ち、
癒しがたなき傷手を負ひてそれよりは、
やさしき妹(いも)のありもせばやと、思ひはじめぬ。

さあれ、女よ、臓腑の塊り、憐憫の情持てるもの、
汝、女にあればとて、吾(あ)の謂ふやさしき妹(いも)にはあらじ!
黒き眼眸(まなざし)、茶色めく影睡る腹持たざれば、
軽やかの指、ふくよかの胸持たざれば。

目覚ます術(すべ)なき大いなる眸子(ひとみ)をもてる盲目(めくら)の女よ、
わが如何なる抱擁もつひに汝(なれ)には訝かしさのみ、
我等に附纏(いつきまと)ふのはいつでも汝(おまへ)、乳房の運び手、
我等おまへを接唇(くちづけ)る、穏やかに人魅する情熱(パシオン)よ。

汝(な)が憎しみ、汝(な)が失神、汝が絶望を、
即ち甞ていためられたるかの獣性を、
月々に流されるかの血液の過剰の如く、
汝(なれ)は我等に返報(むく)ゆなり、おゝ汝、悪意なき夜よ。

     ★

一度女がかの恐惶、愛の神、
生の呼び声、行為の歌に駆り立てられるや、
緑の美神(ミューズ)と正義の神は顕れて
そが厳めしき制縛もて彼を引裂くのであつた!

絶えず絶えず壮観と、静謐に渇する彼は、
かの執念の姉妹(あねいもと)には見棄てられ、
やさしさ籠めて愚痴を呟き、巧者にも
花咲く自然に血の出る額を彼は与へるのであつた。

だが冷厳の錬金術、神学的な研鑚は
傷付いた彼、この倨傲なる学徒には不向きであつた。
狂暴な孤独はかくて彼の上をのそりのそりと歩き廻つた。
かゝる時、まこと爽かに、いつかは彼も験(な)めるべき

死の忌はしさの影だになく、真理の夜々の空にみる
かの夢とかの壮麗な逍遥は、彼の想ひに現れて、
その魂に病む四肢に、呼び覚まされるは
神秘な死、それよやさしき妹(いも)なるよ!

(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※原作は、第8連のはじまりを、「絶えず/\」と繰り返し記号で表記しています。ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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