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2012年2月18日 (土)

中原中也が訳したランボー「やさしい姉妹」Les Sœurs de charitéその3

「やさしい姉妹」Les Sœurs de charitéは
ある若者が、やさしい女、妻にしたい女をほしくなるという「起」にはじまり
だが、待てよ、といった調子の「承」へと進みます。

とはいうものの、女よ、臓腑のかたまり、憐憫の情を持つものよ
お前は、女であるからといって、私のいうやさしい恋人ではないのだ!
黒い眸(ひとみ)と眼(まなこ)、茶色っぽい影の眠る腹を持たないのだし、
軽やかな指、ふくよかな胸も持っていないのであれば。

目を覚ます術のない、大きな眸を持つ盲目の女よ、
私のどのような抱擁もついにお前には訝しいだけ、
私たちにつきまとうのは何時でもお前、乳房を持つもの、
私たちはお前に口づけする、穏やかに人を魅了するパッションよ。

お前の憎しみ、お前の失神、お前の絶望を
つまり、かつて傷められたあの獣性を、
月々に流される女の血の過剰のように
お前は私に報いるのだ、おお、お前、悪意のない夜よ。

どうやら、女というものは、
全面的には受け入れられるものではないと
厄介扱いする語り手=詩人の思いが表明されます。
そして、後半部(「転」と「結」)に入っていきます。

ひとたび女が、あの恐惶、愛の神、
生の呼び声、行為の歌に駆り立てられるとき、
緑のミューズと正義の神は現われて
その厳めしい制縛で、彼を引き裂くのだった!

絶えず、壮観と、静謐に渇望している彼は
あの執念の姉妹には見捨てられ、
やさしさを込めて愚痴をこぼし、巧者にも
花の咲く自然に、血の出る額を与えるのだった。

このあたりが、「転」の部分ですが
中原中也の訳は逐語的で
噛み砕かれていません。
無闇に意訳に走らないゆえの効果が
意図されているのかもしれません。

ランボーの難解を
ランボーのままにしておこう、という企み。

だが、冷厳とした錬金術、神学的な研鑽は
傷ついた彼、この傲慢な男には向いていなかった。
狂暴な孤独は、このようにして、彼の上をのそりのそりと歩き回った。
こうした時、実に爽やかなことに、いつかは彼も味わうことになる

死の忌まわしさの影さえなく、真理の夜々の空にみる
あの、夢とかの壮麗な逍遥は、彼の思いの中に現われて、
その魂によって病んだ四肢に、呼び覚まされるのは
神秘な死、それこそ、やさしい妹なのだよ!

最終行の、神秘な死――
それこそが、やさしい妹=妻の正体というものなのだ

この、
なんという、落ち。
なんという、「結」。

この1行のために
この詩は歌われたような、急降下。

いや
急上昇!

そして、姉妹とは、何?

謎は残されたままです。

 *
 やさしい姉妹

若者、その眼は輝き、その皮膚は褐色(かちいろ)、
裸かにしてもみまほしきその体躯(からだ)
月の下にて崇めらる、ペルシャの国の、
或る知られざる神の持つ、銅(あかがね)に縁(ふち)どられたる額して、

慓悍なれども童貞の悲観的なるやさしさをもち
おのが秀れた執心に誇りを感じ、
若々し海かはた、ダイアモンドの地層の上に
きららめく真夏の夜々の涙かや、

此の若者、現世(うつしよ)の醜悪の前に、
心の底よりゾツとして、いたく苛立ち、
癒しがたなき傷手を負ひてそれよりは、
やさしき妹(いも)のありもせばやと、思ひはじめぬ。

さあれ、女よ、臓腑の塊り、憐憫の情持てるもの、
汝、女にあればとて、吾(あ)の謂ふやさしき妹(いも)にはあらじ!
黒き眼眸(まなざし)、茶色めく影睡る腹持たざれば、
軽やかの指、ふくよかの胸持たざれば。

目覚ます術(すべ)なき大いなる眸子(ひとみ)をもてる盲目(めくら)の女よ、
わが如何なる抱擁もつひに汝(なれ)には訝かしさのみ、
我等に附纏(いつきまと)ふのはいつでも汝(おまへ)、乳房の運び手、
我等おまへを接唇(くちづけ)る、穏やかに人魅する情熱(パシオン)よ。

汝(な)が憎しみ、汝(な)が失神、汝が絶望を、
即ち甞ていためられたるかの獣性を、
月々に流されるかの血液の過剰の如く、
汝(なれ)は我等に返報(むく)ゆなり、おゝ汝、悪意なき夜よ。

     ★

一度女がかの恐惶、愛の神、
生の呼び声、行為の歌に駆り立てられるや、
緑の美神(ミューズ)と正義の神は顕れて
そが厳めしき制縛もて彼を引裂くのであつた!

絶えず絶えず壮観と、静謐に渇する彼は、
かの執念の姉妹(あねいもと)には見棄てられ、
やさしさ籠めて愚痴を呟き、巧者にも
花咲く自然に血の出る額を彼は与へるのであつた。

だが冷厳の錬金術、神学的な研鑚は
傷付いた彼、この倨傲なる学徒には不向きであつた。
狂暴な孤独はかくて彼の上をのそりのそりと歩き廻つた。
かゝる時、まこと爽かに、いつかは彼も験(な)めるべき

死の忌はしさの影だになく、真理の夜々の空にみる
かの夢とかの壮麗な逍遥は、彼の想ひに現れて、
その魂に病む四肢に、呼び覚まされるは
神秘な死、それよやさしき妹(いも)なるよ!

(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※原作は、第8連のはじまりを、「絶えず/\」と繰り返し記号で表記しています。ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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