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2012年2月 4日 (土)

中原中也が訳したランボー「盗まれた心」Le Cœur volé

盗まれた心 Le Cœur voléは
中原中也訳「ランボオ詩集」の12番目にある作品。
解釈をめぐって
さまざまな説が乱れ飛ぶ詩です。

難解ではないけれど
独特の「象徴化」が
多様な解釈を生じさせることになるのは仕方がなく
中原中也がこの詩に取り組みながら
何を考え、どのように解釈していたか
どんな想像を描いていたか、知りたいところです。

そこで、若干、そのヒントになるのが
大岡昇平の回想です。

1979年に「思い出すことなど」として「中原中也必携」(学燈社)に初出・発表され
後に「生と歌 中原中也その後」(角川書店)に収録された回想の中で
大岡は中原中也との喧嘩についてあらいざらい述べていて
その一部としてながら、
新宿の花園アパートでやった
3度の喧嘩のうちの一つを詳しく語っているのですが
その中に、まさに「盗まれた心」の翻訳をきっかけにした喧嘩のことが出てきます。

昭和11年(1936)の6月末か7月初のこととして、
「盗まれた心」の第2連の

諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した!

で、「諷刺詩流儀」とあるのは誤訳であることを
大岡昇平が指摘したことから
あやうく大事になるところを青山二郎が中に入って
事なきを得た、という喧嘩にならなかった喧嘩に触れたのです。

そこのところを
「生と歌 中原中也その後」から引用しておきます。

――「諷刺詩流儀」ってのは誤訳で、原文はithyphallique兵隊の隠語で、辞書にない。「助平の」と訳されるのが普通、これは私自身の昭和三年頃のよた訳なんです。小林が奈良へ行ったあと、代りに中原にフランス語を教わることにしていた、いや何も習うことはないけれど、親から飲み代を出させてるためです。一週間の間にランボーやネルヴァルを一篇か二篇訳して、二人で見せっこする。僕が初期詩篇をやり、彼は「イリュミナシオン」の中の行分け詩をやっていた。それぞれが気に入った、そして未訳のものをやった。彼はたしか「蹲踞」「忍耐」「カシスの川」を持って来たと思います。僕は「烏」「盗まれた心」「フォーヌの頭」「夕べの辞」などをやった。訳稿を取り替えっこをするんですが、彼は「白痴群」第五号に訳したヴェルレーヌの「ポーブル・レリアン」の中に「盗まれた心」がありますが、この辺はそれは僕のままなんです。そして山本文庫版でも直ってない。僕のフランス語もその後少しは進歩してるから、phallique(男根的)って字が入っているから、あれは違うよ、こんど全訳を出す時は直した方がいい、といったんです。彼は変な顔をしてしばらく黙ってこっちを見てたが、青山とほかの話をしていると、不意に「お前はおれが、お前の訳を盗ったっていうのか」と変にこもった声でいう。彼がおこっていることがわかって、こっちはびっくり、僕の方じゃ昔仲よく翻訳してた頃の昔話をしているつもりですからね。「玄妙不可思議の波浪」っていうのも僕の珍訳、「ちょっとした文句の違いが、全体を替えるんだ」っていうんだが、彼は「波浪よ」と「よ」をつけただけですからね。僕は「よ」という詩人の慣用句が大嫌い、――そんなことをいっているうちに、だんだんかっかしてくる、この時は、青山から、「大岡はお前が盗ったとは、一度もいってねえじゃねえか」と取りなしてくれて、大事にいたらなかった。(一部の校正ミスがありますが、原文のママにしてあります。編者。)

(つづく)

 *
 盗まれた心

私の悲しい心は船尾に行つて涎を垂らす、
私の心は安い煙草にむかついてゐる。
そしてスープの吐瀉(げろ)を出す、
私の悲しい心は船尾に行つて涎を垂らす。
一緒になつてげらげら笑ふ
世間の駄洒落に打ちのめされて、
私の悲しい心は船尾に行つて涎を垂らす、
私の心は安い煙草にむかついてゐる!

諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した!
舵の処(とこ)には壁画が見える
諷刺詩流儀の雑兵気質の。
おゝ、玄妙不可思議の波浪よ、
私の心を浚ひ清めよ、
諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した。

奴等の噛煙草(たばこ)が尽きたとなつたら、
どうすれあいいのだ? 盗まれた心よ。
それこそ妙な具合であらうよ、
奴等の煙草が尽きたとなつたら。
私のお腹(なか)が跳び上るだらう、
それで心は奪回(かへ)せるにしても。
奴等の噛煙草Z(たばこ)が尽きたとなつたら、
どうすれあいいのだ? 盗まれた心よ。

(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳」より)
※ ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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