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2012年3月 1日 (木)

中原中也が訳したランボー「酔ひどれ船」Bateau ivreその7

ランボーが友人ポール・ドメニー宛に
1871年5月15日付けに出した書簡を読み進めます。
「ランボーの手紙」(祖川孝訳、角川文庫)から引用して読んでいますが
終わりが見えています。

(前回からつづく)

 第二期の浪漫主義者はなかなかの「見者」です。テオフィル・ゴーティエ、ルコント・ド・リイル、テオドール・ド・パンヴィルなど。しかし、眼に見えざるものを検分したり未聞のものを聞いたりすることは、静物の精神を捉(とら)えるなどということとはまた別問題で、その点ボードレールは第一の見者であり、詩人の王者であり、「ほんとうの神」とも云うべきひとです。それでもまだ、彼はあまり芸術的に過ぎた環境の中で生活をしました。で、あれほど彼の作品でもてはやされる形式も安っぽいものです。未知のものの発明には新しい形式が必要です。

 陳腐な形式に苦労している連中。たあいのない連中のうちでは、A・ルノオ――これは彼式の「ロオラ」を作詩し、――L・グランデも――彼式の「ロオラ」を作りました。ゴール人的で、ミュッセ派の連中はG・ラフネエトル、コラン、C・L・ポプラン、スウラリイ、L・サル。書生連中ではマルク、エーキャル、トゥリエ。死物で愚物の連中には、オゥトラン、バルビエ、L・ピシヤァ、ルモワァアヌ、デシャン兄弟、デ・ゼサアル兄弟、ジャーナリストでは、L・クラデル、ロベエル、リュザルシュ、X・ド・リカァル、幻想派(ファンテジイスト)にはC・マンデス、放浪派(ボヘミアン)、女流。才能ある連中では、レオン・ディエルス、それにスュリイ・プリュドム、コペ。新流派の所謂(いわゆる)高踏派(パルナシアン)には見者が二人います。アルベール・メラに真の詩人ポール・ヴェルレーヌです。以上の通りです。

 こんな風で、わたしは見者になろうとして励んでいます。では敬虔(けいけん)な歌を詠んで擱筆(かくひつ)しましょう。

  蹲踞(そんきょ)

朝遅く、胃の腑がちくちく痛み出すと
兄のキャロテュスは、天窓の一つ穴から
さし込む陽の光の、磨かれた大鍋(おおなべ)のような明るさに
偏頭痛は惹(ひ)き起すし、視線を切身のように据え
敷布の中で坊主の寝返りをうつ。

鼠色の毛布の中で のたうち廻り
波うつ腹へ膝(ひざ)をひんまげ
気も顚倒(てんとう)せんばかりの有様は、獲ものにありつこうとする老いぼれさながら。
なにしろ白い壺(つぼ)の柄をしっかり摑んで
腰まですっぽりシャツをまくり上げねばならぬからだ。

ところで 寒がり屋の彼は、しゃがみ込んだ、足の指をかじかませて。
パン菓子の黄色いやつを 紙の窓がらすに
射し込ませるその陽ざしの中で、身ぶるいしながら。
ラックのようにてらてら灯(とも)る結構人の鼻面が
陽の光でびくびく動き さながら肉の珊瑚樹(さんごじゅ)だ。

結構人はとろ火にあたる按配(あんばい)で、腕拱(く)み合せ、下唇を腹までたらし。
今にも腿(もも)が火中に滑るほど、ほてり返り、
ズボンを焦すかと見れば、パイプの火が消える。
なにか小鳥のようなものが、かすかながらうごめく
晴ればれとお腹んところで、まるで臓物のひときれみたいに。

あたりでは、古ぼけた家具のがらくたがねむり
垢(あか)じみた襤褸(ぼろ)の中やら、よごれ腐ったものの上には、
腰掛けだの、見なれぬ“がま”椅子だのがうずくまる
暗い片隅でだ。食器棚にある歌い手の口が
凄(す)さまじい食欲にたらふく食って睡気がし、細めに開く。

むかむかする熱気が、狭苦しい部屋にみなぎり
結構人の脳漿(のうしょう)は襤褸くずでいっぱいだ。
じめじめした油の皮膚に毛の生える音がする。
そして、ときどき、ものものしいおどけたしゃくりをあげて
脱け出すのだ。ちんばの腰掛をゆすぶりながら。

    *

そして夕、臀部(でんぶ)のまわりに
光の汚点を作りなす月の光をうけて
くっきりと一つの影が 薔薇(ばら)いろの雪を背に
じっとうずくまる その様はまるで立葵(たちあおい)かと……
面白や、空の奥まで鼻面はヴィナスを追っかける。

 返事を下さらなかったりしたら、あなたはそれこそ大嫌いな人間になりますよ。至急にね。一週間すれば巴里へ行くかも知れませんから。
 さよなら。
                                 A・ランボオ

以上が全文です。

17歳のランボーの
才気煥発(さいきかんぱつ)ぶり!
詩以外のこと、
文学以外のことを何も考えなかった早熟の詩人から
迸(ほとばし)る英気、野望、覇気……。

その一部でもが垣間見られるなら
ランボーが書いた
ある一つの書簡の全文を読む意義もあるに違いありません。

ところで
中原中也は
ランボーの手紙類を読んだことがあったでしょうか――。

1871年5月15日に書かれた手紙の
全文をここに引用した祖川孝訳「ランボオの手紙」(角川文庫)の原典は
ジャン・マリイ・キャレの著作「アルチュール・ランボオの文学生活の手紙」で
1870年から1875年にフランスのN・R・F社によって発行されたもの。
機会あるたびに
フランスの各種雑誌に発表されたものの中から
キャレエが選んでひとまとめにして、
1931年に刊行したそうです。
(同書あとがき)

中原中也はキャレの原文をなんらかの方法で入手し
中の
「ドラエー宛書簡1873年5月」
「ヴェルレーヌ宛書簡1873年7月4日」
「同1873年7月7日」
「パンヴィル宛1870年5月24日」の4篇を
詩誌などに発表しています。

ランボーの書簡の翻訳は
高木佑一郎訳「ランボオの手紙」(版画荘、昭和12年)が
同時代訳として存在し
ほかにも幾つかの訳が
雑誌などに紹介されていました。
(「新編中原中也全集第3巻 翻訳・解題篇」より)

 *

 酔ひどれ船

私は不感な河を下って行ったのだが、
何時しか私の曳船人等は、私を離れているのであった、
みれば罵り喚く赤肌人等が、彼等を的にと引ッ捕らえ、
色とりどりの棒杭に裸のままで釘附けていた。

私は一行の者、フラマンの小麦や英綿(えいめん)の荷役には
とんと頓着していなかった
曳船人等とその騒ぎとが、私を去ってしまってからは
河は私の思うまま下らせてくれるのであった。

私は浪の狂える中を、さる冬のこと
子供の脳より聾乎(ぼつ)として漂ったことがあったっけが!
怒涛を繞(めぐ)らす半島と雖も
その時程の動乱を蒙(う)けたためしはないのであった。

嵐は私の海上に於ける警戒ぶりを讃歎した。
浮子(うき)よりももっと軽々私は浪間に躍っていた
犠牲者達を永遠にまろばすという浪の間に
幾夜ともなく船尾(とも)の灯に目の疲れるのも気に懸けず。

子供が食べる酸い林檎よりもしむみりと、
緑の水はわが樅の船体に滲むことだろう
又安酒や嘔吐の汚点(しみ)は、舵も錨も失せた私に
無暗矢鱈に降りかかった。

その時からだ、私は海の歌に浴した。
星を鏤(ちりば)め乳汁のような海の、
生々しくも吃水線は蒼ぐもる、緑の空に見入ってあれば、
折から一人の水死人、思い深げに下ってゆく。

其処に忽ち蒼然色(あおーいいろ)は染め出され、おどろしく
またゆるゆると陽のかぎろいのその下を、
アルコールよりもなお強く、竪琴よりも渺茫と、
愛執のにがい茶色も漂った!

私は知っている稲妻に裂かれる空を竜巻を
打返す浪を潮流を。私は夕べを知っている、
群れ立つ鳩にのぼせたような曙光を、
又人々が見たような気のするものを現に見た。

不可思議の畏怖に染みた落日が
紫の長い凝結(こごり)を照らすのは
古代の劇の俳優か、
大浪は遠くにはためき逆巻いている。

私は夢みた、眩いばかり雪降り積った緑の夜を
接唇(くちずけ)は海の上にゆらりゆらりと立昇り、
未聞の生気は循環し
歌うがような燐光は青に黄色にあざやいだ。

私は従った、幾月も幾月も、ヒステリックな
牛小舎に似た大浪が暗礁を突撃するのに、
もしかの光り耀うマリアの御足が
お望みとあらば太洋に猿轡かませ給うも儘なのを気が付かないで。

船は衝突(あた)った、世に不可思議なフロリダ州
人の肌膚の豹の目は叢なす花にいりまじり、
手綱の如く張りつめた虹は遙かの沖の方
海緑色の畜群に、いりまじる。

私は見た、沼かと紛う巨大な魚梁(やな)が沸き返るのを
其処にレヴィヤタンの一族は草に絡まり腐りゆき、
凪の中心(もなか)に海水は流れそそぎ
遠方(おちかた)は淵を目がけて滝となる!

氷河、白銀の太陽、真珠の波、燠の空、
褐色の入江の底にぞっとする破船の残骸、
其処に大きな蛇は虫にくわれて
くねくねの木々の枝よりどす黒い臭気をあげては堕ちていた!

子供等にみせたかったよ、碧波に浮いている鯛、
其の他金色の魚、歌う魚、
漚(オウ)の花は私の漂流を祝福し、
えもいえぬ風は折々私を煽(おだ)てた。

時として地極と地帯に飽き果てた殉教者・海は
その歔欷(すすりなき)でもって私をあやし、
黄色い吸口のある仄暗い花をばかざした
その時私は膝つく女のようであった

半島はわが船近く揺らぎつつ金褐の目の
怪鳥の糞と争いを振り落とす、
かくてまた漂いゆけば、わが細綱を横切って
水死人の幾人か後方(しりえ)にと流れて行った……

私としてからが浦々の乱れた髪に踏み迷い
鳥も棲まわぬ気圏(そら)までも颶風によって投げられたらば
海防艦(モニトル)もハンザの船も
水に酔った私の屍骸(むくろ)を救ってくれはしないであろう、

思いのままに、煙吹き、紫色の霧立てて、
私は、詩人等に美味しいジャミや、
太陽の蘚苔(こけ)や青空の鼻涕(はな)を呉れる
壁のように赤らんだ空の中をずんずん進んだ、

電気と閃く星を著け、
黒い海馬に衛られて、狂える小舟は走っていた、
七月が、丸太ン棒で打つかとばかり
燃える漏斗のかたちした紺青の空を揺るがせた時、

私は慄えていた、五十里の彼方にて
ベヘモと渦潮の発情の気色(けはい)がすると、
ああ永遠に、青き不動を紡ぐ海よ、
昔ながらの欄干に倚る欧羅巴が私は恋しいよ。

私は見た! 天にある群島を! その島々の
狂おしいまでのその空は漂流う者に開放されてた、
底知れぬこんな夜々には眠っているのか、もう居ないのか
おゝ、百万の金の鳥、当来の精力よ!

だが、惟えば私は哭き過ぎた。曙は胸抉り、
月はおどろしく陽はにがかった。
どぎつい愛は心蕩(とろ)かす失神で私をひどく緊(し)めつけた。
おゝ! 竜骨も砕けるがよい、私は海に没してしまおう!

よし今私が欧羅巴の水を望むとしても、それははや
黒い冷たい林の中の瀦水(いけみず)で、其処に風薫る夕まぐれ
子供は蹲んで悲しみで一杯になって、放つのだ
五月の蝶かといたいけな笹小舟。

あゝ浪よ、ひとたびおまえの倦怠にたゆたっては、
棉船の水脈(みお)ひく跡を奪いもならず、
旗と炎の驕慢を横切りもならず、
船橋の、恐ろしい眼の下をかいくぐることも、出来ないこった。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※原作の歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに改め、ルビは一部を省略しました。

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