中原中也が訳したランボー「涙」Larme
中原中也訳の「涙」Larmeは
昭和3年に
大岡昇平が中原中也からフランス語を習ったとき
中原中也が担当した「飾画」の中の
テキストとして例示されている作品です。
彼は「眩惑」「涙」「などを、私は「谷間の睡眠者」「食器戸棚」「夕べの辞」「フォーヌの顔」「鳥」「盗まれた心」を訳し、二人で検討した。
――と、大岡昇平は
タイトル名を挙げているのですから
かなりはっきりした記憶にあったものに違いありません。
◇
「涙」を中原中也は
「紀元」」の昭和11年5月号に発表しました。
これが初出で第1次形態となりますが
「ランボオ詩集」(昭和12年)に収められた第2次形態は
ごくわずかな修正が加えられただけです。
◇
昭和3年の翻訳に
大岡昇平の訳(意見)が取り入れられている可能性は
否定できませんが、
昭和11年、12年の決定稿に
どのように生かされているのかは
大岡昇平が死亡して後、
いっそう手掛かりを無くしています。
◇
遐(とほ)く離れて
蹲(しやが)んで
やさしい森に繞(めぐ)られて
垂れ罩(こ)めた空
――これらの漢字の使用
生ツぽい、微温の午後は霧がしてゐた。
味もそつけもありはせぬ
ボロ看板となつたのだ。
湖水々々(みづうみみづうみ)、
あゝ、金、貝甲の採集人かなんぞのやうに、
私には、酒なぞほんにどうでもよいと申しませう。
――これらの口調・口ぶりに
ランボーの翻訳に取り組みはじめた頃の
中原中也が感じられるのは
「いじくり回せば死ぬ」と
詩心のツボを心得ていた詩人を見るようで
なんとも面白いところです。
◇
「涙」は
「地獄の季節」の「言葉の錬金術」に引用されていることでも広く知られています。
(つづく)
*
涙
鳥たちと畜群と、村人達から遐く離れて、
私はとある叢林の中に、蹲んで酒を酌んでゐた
榛の、やさしい森に繞られて。
生ツぽい、微温の午後は霧がしてゐた。
かのいたいけなオワズの川、声なき小楡、花なき芝生、
垂れ罩めた空から私が酌んだのは――
瓢(ひさご)の中から酌めたのは、味もそつけもありはせぬ
徒に汗をかゝせる金の液。
かくて私は旅籠屋(はたごや)の、ボロ看板となつたのだ。
やがて嵐は空を変へ、暗くした。
黒い国々、湖水々々(みづうみみづうみ)、竿や棒、
はては清夜の列柱か、数々の船著場か。
樹々の雨水(あめみづ)砂に滲(し)み
風は空から氷片を、泥池めがけてぶつつけた……
あゝ、金、貝甲の採集人かなんぞのやうに、
私には、酒なぞほんにどうでもよいと申しませう。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
にほんブログ村:「詩集・句集」人気ランキングページへ
(↑ランキング参加中。記事がおもしろかったらポチっとお願いします。やる気がでます。)
« 中原中也が訳したランボー「静寂」Silenceその2 | トップページ | 中原中也が訳したランボー「涙」Larmeその2 »
「051中原中也が訳したランボー」カテゴリの記事
- 「中原中也が訳したランボー」のおわりに・その6(2012.09.10)
- 「中原中也が訳したランボー」のおわりに・その5(2012.09.09)
- 「中原中也が訳したランボー」のおわりに・その4(2012.09.05)
- 「中原中也が訳したランボー」のおわりに・その3(2012.09.04)
- 「中原中也が訳したランボー」のおわりに・その2(2012.09.03)
« 中原中也が訳したランボー「静寂」Silenceその2 | トップページ | 中原中也が訳したランボー「涙」Larmeその2 »
コメント