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2012年3月27日 (火)

中原中也が訳したランボー「涙」Larme

中原中也訳の「涙」Larmeは
昭和3年に
大岡昇平が中原中也からフランス語を習ったとき
中原中也が担当した「飾画」の中の
テキストとして例示されている作品です。

彼は「眩惑」「涙」「などを、私は「谷間の睡眠者」「食器戸棚」「夕べの辞」「フォーヌの顔」「鳥」「盗まれた心」を訳し、二人で検討した。

――と、大岡昇平は
タイトル名を挙げているのですから
かなりはっきりした記憶にあったものに違いありません。

「涙」を中原中也は
「紀元」」の昭和11年5月号に発表しました。
これが初出で第1次形態となりますが
「ランボオ詩集」(昭和12年)に収められた第2次形態は
ごくわずかな修正が加えられただけです。

昭和3年の翻訳に
大岡昇平の訳(意見)が取り入れられている可能性は
否定できませんが、
昭和11年、12年の決定稿に
どのように生かされているのかは
大岡昇平が死亡して後、
いっそう手掛かりを無くしています。

遐(とほ)く離れて
蹲(しやが)んで
やさしい森に繞(めぐ)られて
垂れ罩(こ)めた空

――これらの漢字の使用

生ツぽい、微温の午後は霧がしてゐた。
味もそつけもありはせぬ
ボロ看板となつたのだ。

湖水々々(みづうみみづうみ)、

あゝ、金、貝甲の採集人かなんぞのやうに、
私には、酒なぞほんにどうでもよいと申しませう。

――これらの口調・口ぶりに
ランボーの翻訳に取り組みはじめた頃の
中原中也が感じられるのは
「いじくり回せば死ぬ」と
詩心のツボを心得ていた詩人を見るようで
なんとも面白いところです。

「涙」は
「地獄の季節」の「言葉の錬金術」に引用されていることでも広く知られています。

(つづく)

 *

 涙

鳥たちと畜群と、村人達から遐く離れて、
私はとある叢林の中に、蹲んで酒を酌んでゐた
榛の、やさしい森に繞られて。
生ツぽい、微温の午後は霧がしてゐた。

かのいたいけなオワズの川、声なき小楡、花なき芝生、
垂れ罩めた空から私が酌んだのは――
瓢(ひさご)の中から酌めたのは、味もそつけもありはせぬ
徒に汗をかゝせる金の液。

かくて私は旅籠屋(はたごや)の、ボロ看板となつたのだ。
やがて嵐は空を変へ、暗くした。
黒い国々、湖水々々(みづうみみづうみ)、竿や棒、
はては清夜の列柱か、数々の船著場か。

樹々の雨水(あめみづ)砂に滲(し)み
風は空から氷片を、泥池めがけてぶつつけた……
あゝ、金、貝甲の採集人かなんぞのやうに、
私には、酒なぞほんにどうでもよいと申しませう。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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