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2012年3月 8日 (木)

中原中也が訳したランボー「虱捜す女」Les Cherecheuses de poux その2

「虱捜す女」Les Cherecheuses de poux は
シラミを探してはつぶしてくれる
残酷でやさしい二人の女性を歌う
一見、モチーフの奇抜さに目を奪われるだけで
読み流してしまいそうな詩ですが
読めば読むほどに味わいが出てきて
不思議な魅力をもつことにやがて気づかされるような詩です。

みどり児の額が、赤味を帯びてきて
(シラミに食われると、ぽちぽちの湿疹が滲むように出てくるのです)
まだぼんやりとしていて、夢の中の白っぽい世界に漂っているような時に
美しい二人の乙女が、ベッドのそばに現れる、
細い指の爪は白銀の色だ。

夢か現か
目覚めてはいても
まだ夢の続きにあるような
まどろみのひとときにある
嬰児はランボーの分身

花々が乱れ咲き、青い風が吹き渡ってくる大きな窓辺に
二人はみどり児を座らせる、そして
露で濡れたふさふさの、その児の髪に
ぞくぞくするような美しいその細い指をさまよわす。

そうして彼は聴く、気遣わしげなバラ色の、しめやかな匂いの
(ハアハアと乙女らの呼吸は、バラの花のような、しめやかな香りの)
するような二人の息が、歌うのを、
唇に浮かぶのは唾液なのか、キスを求める兆候なのか
ともすれば、その歌は途切れてしまう。

彼は感じる、乙女らの黒い睫毛がにおやかな空気の中で
瞬くのを、そしてすばしこい指が、
にび色の気だるさの中に、あでやかな爪の間で
シラミをぷちぷち潰す音を聴く。

乙女らの
睫毛が瞬き
におい立つ空気は
気だるく
あでやかな爪が
つぶすシラミ

たちまち、気だるさが酒のように子供の脳髄にのぼってくる
有頂天になってしまいそうなハーモニカの溜め息か。
子供は感じている、乙女らのゆるやかな愛撫につれて
絶え間なく、泣いてしまいたい気持ちが湧き上がりまた消えてゆくのを。

フロイドを呼び出したくなるような
得体の知れない、
見覚えのあるようでもある感覚――。

参考書にすがらずに
なにものにも頼らずに
この感じを
何度も何度も
読んでみたい。

中原中也は
まっすぐに
詩の核心へ
突っ込んでいきます。

 *

 虱捜す女

嬰児の額が、赤い憤気(むづき)に充ちて来て、
なんとなく、夢の真白の群がりを乞うてゐるとき、
美しい二人の処女(をとめ)は、その臥床辺(ふしどべ)に現れる、
細指の、その爪は白銀の色をしてゐる。

花々の乱れに青い風あたる大きな窓辺に、
二人はその子を坐らせる、そして
露滴(しづ)くふさふさのその子の髪に
無気味なほども美しい細い指をばさまよはす。

さて子供(かれ)は聴く気づかはしげな薔薇色のしめやかな蜜の匂ひの
するやうな二人の息(いき)が、うたふのを、
唇にうかぶ唾液か接唇を求める慾か
ともすればそのうたは杜切れたりする。

子供(かれ)は感じる処女(をとめ)らの黒い睫毛がにほやかな雰気(けはひ)の中で
まばたくを、また敏捷(すばしこ)いやさ指が、
鈍色(にびいろ)の懶怠(たゆみ)の裡(うち)に、あでやかな爪の間で
虱を潰す音を聞く。

たちまちに懶怠(たゆみ)の酒は子供の脳にのぼりくる、
有頂天になりもやせんハモニカの溜息か。
子供は感ずる、ゆるやかな愛撫につれて、
絶え間なく泣きたい気持が絶え間なく消長するのを。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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