中原中也が訳したランボー「虱捜す女」Les Cherecheuses de poux その2
「虱捜す女」Les Cherecheuses de poux は
シラミを探してはつぶしてくれる
残酷でやさしい二人の女性を歌う
一見、モチーフの奇抜さに目を奪われるだけで
読み流してしまいそうな詩ですが
読めば読むほどに味わいが出てきて
不思議な魅力をもつことにやがて気づかされるような詩です。
◇
みどり児の額が、赤味を帯びてきて
(シラミに食われると、ぽちぽちの湿疹が滲むように出てくるのです)
まだぼんやりとしていて、夢の中の白っぽい世界に漂っているような時に
美しい二人の乙女が、ベッドのそばに現れる、
細い指の爪は白銀の色だ。
夢か現か
目覚めてはいても
まだ夢の続きにあるような
まどろみのひとときにある
嬰児はランボーの分身
◇
花々が乱れ咲き、青い風が吹き渡ってくる大きな窓辺に
二人はみどり児を座らせる、そして
露で濡れたふさふさの、その児の髪に
ぞくぞくするような美しいその細い指をさまよわす。
◇
そうして彼は聴く、気遣わしげなバラ色の、しめやかな匂いの
(ハアハアと乙女らの呼吸は、バラの花のような、しめやかな香りの)
するような二人の息が、歌うのを、
唇に浮かぶのは唾液なのか、キスを求める兆候なのか
ともすれば、その歌は途切れてしまう。
彼は感じる、乙女らの黒い睫毛がにおやかな空気の中で
瞬くのを、そしてすばしこい指が、
にび色の気だるさの中に、あでやかな爪の間で
シラミをぷちぷち潰す音を聴く。
乙女らの
睫毛が瞬き
におい立つ空気は
気だるく
あでやかな爪が
つぶすシラミ
◇
たちまち、気だるさが酒のように子供の脳髄にのぼってくる
有頂天になってしまいそうなハーモニカの溜め息か。
子供は感じている、乙女らのゆるやかな愛撫につれて
絶え間なく、泣いてしまいたい気持ちが湧き上がりまた消えてゆくのを。
◇
フロイドを呼び出したくなるような
得体の知れない、
見覚えのあるようでもある感覚――。
参考書にすがらずに
なにものにも頼らずに
この感じを
何度も何度も
読んでみたい。
◇
中原中也は
まっすぐに
詩の核心へ
突っ込んでいきます。
*
虱捜す女
嬰児の額が、赤い憤気(むづき)に充ちて来て、
なんとなく、夢の真白の群がりを乞うてゐるとき、
美しい二人の処女(をとめ)は、その臥床辺(ふしどべ)に現れる、
細指の、その爪は白銀の色をしてゐる。
花々の乱れに青い風あたる大きな窓辺に、
二人はその子を坐らせる、そして
露滴(しづ)くふさふさのその子の髪に
無気味なほども美しい細い指をばさまよはす。
さて子供(かれ)は聴く気づかはしげな薔薇色のしめやかな蜜の匂ひの
するやうな二人の息(いき)が、うたふのを、
唇にうかぶ唾液か接唇を求める慾か
ともすればそのうたは杜切れたりする。
子供(かれ)は感じる処女(をとめ)らの黒い睫毛がにほやかな雰気(けはひ)の中で
まばたくを、また敏捷(すばしこ)いやさ指が、
鈍色(にびいろ)の懶怠(たゆみ)の裡(うち)に、あでやかな爪の間で
虱を潰す音を聞く。
たちまちに懶怠(たゆみ)の酒は子供の脳にのぼりくる、
有頂天になりもやせんハモニカの溜息か。
子供は感ずる、ゆるやかな愛撫につれて、
絶え間なく泣きたい気持が絶え間なく消長するのを。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
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