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2012年3月24日 (土)

中原中也が訳したランボー「烏」Les Corbeauxその4

中原中也訳の「烏」Les Corbeauxが発表されたのは
第2次「四季」の昭和10年(1935年)4月号――。

制作は、この2か月前として
同年2月頃と推定されますが
この頃、中原中也は
建設社版「ランボオ全集」のために
帰省期間を長くして
山口・湯田温泉にとどまり
懸命にランボーの翻訳に取り組んでいた時期でした。

出来立て「ホヤホヤ」の「烏」を
「四季」に発表したことになります。

この年、1935年の正月は
生れたばかりの長男・文也や妻や
家族・親戚・地縁の中にあり
詩人が生まれ育った土地で過ごした上に
前年末には第一詩集「山羊の歌」を出版して
「公私ともに」充実した日々でした。

その中で
「ランボオ全集」全3巻のうちの1巻を占める
ランボーの韻文詩の翻訳に取り組んでいたことになります。
「烏」はその中から生まれた成果でした。

「四季」の同じ号に発表した
ランボーの「オフェリア」は
中原中也の翻訳の中でも傑出した作品ですが
これも同じ時期に生み出された成果でした。

さびれすがれた
御告(みつげ)の鐘
見渡すかぎり花もない
厳(いか)しい
巣(ねぐら)
黄ばんだ河
通行人(とほるひと)
しむみり
御空(みそら)
御身たち
しようこともない

語彙(ボキャブラリー)が豊富で
しかし、一つ一つを
ひねり出してきたような苦吟の跡は
感じられません。

滑らかというものでもありませんが
一つ一つの語が
ピンと立っているところは
他の詩と同様、変わりはありません。

キリスト教に親しかった詩人が
御告、御空、御身などと使う措辞(そじ)も
この詩(の翻訳)に生きています。

だからといって
安楽が生んだ成果とは言いません。
そんなこと言うつもりではありません。
ドメスティックな幸福の時間が
傑作を生んだなどということは言いません。

「昨日の死者」を悼むという原作を
他人事(ひとごと)ではないものと感じる詩人の魂は
日々培われていたはずのものです。

「五月の頬白見逃してやれよ」は、
森深くに住み慣れて
大きな世界へ出ることもできない
草地に生きざるを得ない
「しようこともない」ヤツらホオジロを
しかし、ふと見直してみる時があり
庇護してあげておくれよと
喪服の鳥に呼びかける詩(=ランボー)に
共鳴・共振している風があるのは
この帰郷のせいなのかもしれません。

1935年という年は
中原中也という詩人の活動の
何回目かのピークでした。

 *

 烏

神よ、牧場が寒い時、
さびれすがれた村々に
御告(みつげ)の鐘も鳴りやんで
見渡すかぎり花もない時、
高い空から降(お)ろして下さい
あのなつかしい烏たち。

厳(いか)しい叫びの奇妙な部隊よ、
木枯は、君等の巣(ねぐら)を襲撃し!
君等黄ばんだ河添ひに、
古い十字架立つてる路に、
溝に窪地に、
飛び散れよ、あざ嗤(わら)へ!

幾千となくフランスの野に
昨日の死者が眠れる其処に、
冬よ、ゆつくりとどまるがよい、
通行人(とほるひと)等がしむみりせんため!
君等義務(つとめ)の叫び手となれ、
おゝわが喪服の鳥たちよ!

だが、あゝ御空(みそら)の聖人たちよ、夕暮迫る檣(マスト)のやうな
檞の高みにゐる御身たち、
五月の頬白見逃してやれよ
あれら森の深みに繋がれ、
出ること叶はず草地に縛られ、
しようこともない輩(ともがら)のため!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。原作は最終行「しよう」の「よ」に「ママ」のルビがあります。編者。

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