中原中也が訳したランボー「烏」Les Corbeaux
「烏」Les Corbeauxは
「初期詩篇」の掉尾(とうび)を飾る作品。
中原中也が原典としたベリション版の配置の通りで
20番目の詩ということになります。
トリではなく
カラスです。
途端に
エドガー・アラン・ポーの「大鴉」を
連想する誘惑に駆られますが
これは、ランボーの詩です。
中原中也の翻訳です。
まず読んでみる
そして最後まで
詩を読むこと以外の目的を持たずに詩に向かうほかにない
ファンのスタンスを飽くまで維持します。
◇
神様! 牧場(ぼくじょう)が寒い時、
寂(さび)れたあちこちの村に
アンジェラスの鐘も鳴り止んで
見渡すかぎり花一つない時、
高い空から降ろしてやってください
あのなつかしいカラスたちを。
厳(いか)めしく叫ぶ奇妙な群れよ、
木枯らしは、君たちの塒(ねぐら)を襲撃した!
君たちは、黄ばんだ河に沿って
古い十字架が立っている道に、
溝や窪地に、
飛び散れよ、あざ笑え!
幾千となくフランスの野に
昨日の死者たちが眠っているそこに、
冬よ、ゆっくりとどまればよい、
そこを通る人々が敬虔な気持ちになるように!
君たちは慰霊の導き手となれ、
おお、わが喪服で正装した鳥たちよ!
だが、ああ、空にまします聖人たちよ、夕暮れ迫るマストのような
樫の木の高みにいる貴方たちカラスたち、
五月のホオジロを見逃してやってくれ
あれらは森の深みに繋がれて、
出ることも出来ずに草地に縛られて、
なす術も力もない仲間たちのために!
◇
第2連の「昨日の死者たち」は
普仏戦争の戦死者か
パリ・コンミューンの犠牲者か。
制作年の考証も
一つは1870年から71年にかけての間とする説、
一つは1872年の春とする説に分かれるそうです。
いずれであっても
ランボーは
戦いに敗れた者への鎮魂歌を書いたことは間違いなく
群れなすカラスに
鎮魂の先導者の役割を担うよう
まるで仲間に呼びかけているかに親しげに語りかけます。
◇
中原中也の翻訳は
「四季」の昭和10年(1935年)4月号に
「オフェリア」とともに発表されました。
これが初出です。
両作品は
「四季」へ発表した
最初の翻訳でもあります。
建設社が企画した「ランボオ全集」のために
昭和9年から同10年3月末まで
中原中也は多くの翻訳を完成しましたが
この企画自体が中止されたため
一時は陽の目を見ないで終るところでした。
◇
「烏」が発表された「四季」の同じ号に
ランボーの「オフェリア」とともに
自作詩「わがヂレンマ」も寄稿しています。
同時に
この号には
草野心平が「『山羊の歌』とその著者」という評論を書いていますから
「四季」への発表を薦めたのは
草野心平であったかもしれません。
その可能性が
小さいながらありますが
ほかに交流していた同人が何人かいましたから
草野ではないかもしれません。
*
烏
神よ、牧場が寒い時、
さびれすがれた村々に
御告(みつげ)の鐘も鳴りやんで
見渡すかぎり花もない時、
高い空から降(お)ろして下さい
あのなつかしい烏たち。
厳(いか)しい叫びの奇妙な部隊よ、
木枯は、君等の巣(ねぐら)を襲撃し!
君等黄ばんだ河添ひに、
古い十字架立つてる路に、
溝に窪地に、
飛び散れよ、あざ嗤(わら)へ!
幾千となくフランスの野に
昨日の死者が眠れる其処に、
冬よ、ゆつくりとどまるがよい、
通行人(とほるひと)等がしむみりせんため!
君等義務(つとめ)の叫び手となれ、
おゝわが喪服の鳥たちよ!
だが、あゝ御空(みそら)の聖人たちよ、夕暮迫る檣(マスト)のやうな
檞の高みにゐる御身たち、
五月の頬白見逃してやれよ
あれら森の深みに繋がれ、
出ること叶はず草地に縛られ、
しようこともない輩(ともがら)のため!
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。原作は最終行「しよう」の「よ」に「ママ」のルビがあります。編者。
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