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2012年3月21日 (水)

中原中也が訳したランボー「烏」Les Corbeaux

「烏」Les Corbeauxは
「初期詩篇」の掉尾(とうび)を飾る作品。
中原中也が原典としたベリション版の配置の通りで
20番目の詩ということになります。

トリではなく
カラスです。

途端に
エドガー・アラン・ポーの「大鴉」を
連想する誘惑に駆られますが
これは、ランボーの詩です。
中原中也の翻訳です。

まず読んでみる
そして最後まで
詩を読むこと以外の目的を持たずに詩に向かうほかにない
ファンのスタンスを飽くまで維持します。

神様! 牧場(ぼくじょう)が寒い時、
寂(さび)れたあちこちの村に
アンジェラスの鐘も鳴り止んで
見渡すかぎり花一つない時、
高い空から降ろしてやってください
あのなつかしいカラスたちを。

厳(いか)めしく叫ぶ奇妙な群れよ、
木枯らしは、君たちの塒(ねぐら)を襲撃した!
君たちは、黄ばんだ河に沿って
古い十字架が立っている道に、
溝や窪地に、
飛び散れよ、あざ笑え!

幾千となくフランスの野に
昨日の死者たちが眠っているそこに、
冬よ、ゆっくりとどまればよい、
そこを通る人々が敬虔な気持ちになるように!
君たちは慰霊の導き手となれ、
おお、わが喪服で正装した鳥たちよ!

だが、ああ、空にまします聖人たちよ、夕暮れ迫るマストのような
樫の木の高みにいる貴方たちカラスたち、
五月のホオジロを見逃してやってくれ
あれらは森の深みに繋がれて、
出ることも出来ずに草地に縛られて、
なす術も力もない仲間たちのために!

第2連の「昨日の死者たち」は
普仏戦争の戦死者か
パリ・コンミューンの犠牲者か。

制作年の考証も
一つは1870年から71年にかけての間とする説、
一つは1872年の春とする説に分かれるそうです。

いずれであっても
ランボーは
戦いに敗れた者への鎮魂歌を書いたことは間違いなく
群れなすカラスに
鎮魂の先導者の役割を担うよう
まるで仲間に呼びかけているかに親しげに語りかけます。

中原中也の翻訳は
「四季」の昭和10年(1935年)4月号に
「オフェリア」とともに発表されました。
これが初出です。

両作品は
「四季」へ発表した
最初の翻訳でもあります。

建設社が企画した「ランボオ全集」のために
昭和9年から同10年3月末まで
中原中也は多くの翻訳を完成しましたが
この企画自体が中止されたため
一時は陽の目を見ないで終るところでした。

「烏」が発表された「四季」の同じ号に
ランボーの「オフェリア」とともに
自作詩「わがヂレンマ」も寄稿しています。

同時に
この号には
草野心平が「『山羊の歌』とその著者」という評論を書いていますから
「四季」への発表を薦めたのは
草野心平であったかもしれません。
その可能性が
小さいながらありますが
ほかに交流していた同人が何人かいましたから
草野ではないかもしれません。

 *

 烏

神よ、牧場が寒い時、
さびれすがれた村々に
御告(みつげ)の鐘も鳴りやんで
見渡すかぎり花もない時、
高い空から降(お)ろして下さい
あのなつかしい烏たち。

厳(いか)しい叫びの奇妙な部隊よ、
木枯は、君等の巣(ねぐら)を襲撃し!
君等黄ばんだ河添ひに、
古い十字架立つてる路に、
溝に窪地に、
飛び散れよ、あざ嗤(わら)へ!

幾千となくフランスの野に
昨日の死者が眠れる其処に、
冬よ、ゆつくりとどまるがよい、
通行人(とほるひと)等がしむみりせんため!
君等義務(つとめ)の叫び手となれ、
おゝわが喪服の鳥たちよ!

だが、あゝ御空(みそら)の聖人たちよ、夕暮迫る檣(マスト)のやうな
檞の高みにゐる御身たち、
五月の頬白見逃してやれよ
あれら森の深みに繋がれ、
出ること叶はず草地に縛られ、
しようこともない輩(ともがら)のため!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。原作は最終行「しよう」の「よ」に「ママ」のルビがあります。編者。

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