中原中也が訳したランボー「四行詩」Quatrainその3
「四行詩」Quatrainの
中原中也以外の訳を
もう少し見ておきましょう。
◇
粟津則雄の訳は、
(星はおまえの耳のただなかで……)
星はおまえの耳のただなかで薔薇色に泣き、
無限はおまえのうなじから腰へと白くめぐり、
海は朱いおまえの乳房で褐色の玉となり、
男はおまえの至高の脇腹で黒い血を流した。
L’Étoile a pleuré……
――となります。
◇
新城善雄の訳は、
星は薔薇色に泣いた おまえの耳の中心で
無限は白くめぐった おまえの首筋から腰へと
海は褐色の玉となった おまえの朱色の乳房で
そして男は黒い血を流した おまえの至上の脇腹で
――となります。
この訳が載っている「ランボー母音文学機械」(創樹社)は
ランボーの詩の
十四行詩「母音」と
四行詩(星は薔薇色に泣いた……)と
「涙」の3作品を「母音製図機」と呼び
フランスの哲学者ドゥルーズの「文学機械」のコンセプトを借りながら
「母音」を起点とする(に隠された)謎として分析し
解き明かそうとした研究書です。
◇
鈴木創士の訳は、
(星はおまえの耳のまんなかで…)
星はおまえの耳のまんなかで薔薇色の涙を流した、
無限はおまえのうなじから腰にかけて白く転がった
海はおまえの朱色の乳房で赤茶色お雫となった
そして「人間」はおまえの至高の脇腹で黒い血を流した。
――となります。
◇
宇佐美斉の訳は、
(星は薔薇色に泣いた……)
星は薔薇色に泣いた きみの耳の中核で
無限が白く走った きみの項(うなじ)から腰へと
海は赤茶色の玉となって浮かんだ きみの朱い乳首で
そして男は黒い血を流した きみの神々しい脇腹に
――となります。
◇
鈴村和成の訳は、
(星はきみの耳の核心に……)
星はきみの耳の核心にバラ色の涙をながし、
無限はきみのうなじから腰へと白くめぐる、
海はきみの朱の乳首に褐色の真珠をかざり、
そして《人》は至高のきみのわき腹に黒い血をながす。
――となります。
◇
今、手元にあるのは
これほどですが
名のあるランボー訳者は
ざっと数えるだけで30人を下りませんから
少なくとも30通りの翻訳が存在するはずです。
しかし、短詩であるゆえにか
「四行詩」は
それぞれの訳に
それほど差異は認められません。
◇
ここで
まったく突然のことになりますが
ランボーの「四行詩」は
中原中也の創作詩「みちこ」にどこか似ている! という
ひらめきが涌きましたので
ここに引いておくことにします。
「みちこ」は
「山羊の歌」の中の「みちこ」の章のトップにあり
「汚れつちまつた悲しみに……」の前にあります。
女体を歌った詩が
なぜここに置かれているのか――
ランボーの「四行詩」の様々な形を読んでいて
その謎が少し解けるような
ひらめきがありました。
あくまで、ひ・ら・め・き・ですが。
◇
みちこ
そなたの胸は海のやう
おほらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あをき浪、
涼しかぜさへ吹きそひて
松の梢をわたりつつ
磯白々とつづきけり。
またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしゐて
竝びくるなみ、渚(なぎさ)なみ、
いとすみやかにうつろひぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆
沖ゆく舟にみとれたる。
またその顙(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡の夢をさまされし
牡牛(をうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯しぬ。
しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かひな)して
絃(いと)うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
海原はなみだぐましき金(きん)にして夕陽をたたへ
沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
空になん、汝(な)の息絶ゆるとわれはながめぬ。
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
*
四行詩
星は汝が耳の核心に薔薇色に涕き、
無限は汝(な)が頸(うなじ)より腰にかけてぞ真白に巡る、
海は朱(あけ)き汝(なれ)が乳房を褐色(かちいろ)の真珠とはなし、
して人は黒き血ながす至高の汝(なれ)が脇腹の上……
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
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