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2012年3月26日 (月)

中原中也が訳したランボー「静寂」Silenceその2

中原中也訳の「静寂」Silenceは
「書物」昭和9年(1934年)1月号に初出しましたから
制作は昭和8年10から11月の間と推定されますが
これは第2次形態とされます。

昭和3年(1928年)制作と推定される草稿が残っているためで
こちらが第1次形態とされます。
「ランボオ詩集」に掲載されたものが
第3次形態になります。
(「新編中原中也全集 第3巻 翻訳・解題篇」より)

第1次形態の草稿は
第4連の最終行と第5連だけが記された
不完全なものですが
この草稿こそ
大岡昇平の回想を裏づける資料の一つにもなっています。

大岡は昭和3年に
中原中也からフランス語を習ったことがあり
その時を回想して次のように記しています――

個人的な回想を記すなら、私は昭和三年、二か月ばかり中原からフランス語を習った。飲み代を家から引き出すための策略だが、「ランボー作品集」をテクストに、一週間の間に各自、一篇を訳して見せ合った。私の記憶では中原が「飾画」を、私が「初期詩篇」を受持った。彼は「眩惑」「涙」「などを、私は「谷間の睡眠者」「食器戸棚」「夕べの辞」「フォーヌの顔」「鳥」「盗まれた心」を訳し、二人で検討した。「盗まれた心」は中原が昭和5年1月「白痴群」第5号に訳載したヴェルレーヌ「ポーヴル・レリアン」の中に含まれている。
(大岡昇平「中原中也」所収「『中原中也全集』解説」より)

――と。

ここに現れる「眩惑」と「静寂」が
同種の原稿用紙に書かれてあることから
昭和3年の制作が推定される根拠になっています。

「静寂」は
中原中也が翻訳に取り組みはじめた
初期の頃の制作ということになります。

大岡昇平は
この回想の前に――

昭和3年に私は中原と知り合ったわけだが、その頃から漠然とランボーの韻文詩を全訳しようという意図を持っていた。小林秀雄も「地獄の季節」「飾画」を訳す意図があり、一部ははじめられていた(「恥」「四行詩」などの訳載が残っている)。偽作「失われた毒薬」を小林は多分大正15年中に中原に渡している。

――と記していますから
長谷川泰子をめぐる中原中也と小林秀雄の
「奇怪な三角関係」が
ランボーの翻訳というシーンで
かたや(中原中也)、韻文へ
かたや(小林秀雄)、散文へと
分化していく前夜の様子が伝わってこようというものです。

この頃、小林秀雄は
ランボーの韻文詩の翻訳に
なんらためらいもなく取り組んでいました。

上京してちょうど3年。
中原中也は大岡昇平を
小林秀雄の紹介で知り
やがて、飲み代を捻出するための
フランス語の勉強会を行う「仲間」になっていたのです。

大岡も
親から金をくすねたのでしょうか?
アルバイトをしていたわけでもなさそうなので
中原中也流の「錬金術」を教わったということでしょうか?

「静寂」を
このフランス語授業の中から生まれたことと知りながら読むと
ランボーは
また格別な味わいがしてきます。

アカシヤの花が煙る樹下で
バラモン僧のように聴くのだ。
4月に、櫂(かい)は
鮮やかな緑よ!

大岡昇平が
「それは、違うなあ」と
文句を言うのが聞えてくるようですが
「おれの訳にケチをつけられてたまるか」と
中也は取り合いません。

あれから7年。
歳時代かが流れ……

中原中也の決定稿は
「書物」に発表されました。

ベルレーヌとの会話が
「イリュミナシオン」に反映されているのであれば
中原中也の訳には
ベルレーヌの匂いがしないでもありません。

いや!
ベルレーヌの影が添う
ランボーの詩を
中原中也は
抉(えぐ)り取るように
訳してみせます。

大岡昇平は
草葉の陰でこれを読み
微笑んでいますか――
脱帽していますか――

 *
 静寂

アカシヤのほとり、
波羅門僧の如く聴け。
四月に、櫂は
鮮緑よ!

きれいな靄の中にして
フヱベの方(かた)に! みるべしな
頭の貌(かたち)が動いてる
昔の聖者の頭のかたち……

明るい藁塚はた岬、
うつくし甍をとほざけて
媚薬(びやく)取り出しこころみし
このましきかな古代人(びと)……

さてもかの、
夜(よる)の吐き出す濃い霧は
祭でもなし
星でなし。

しかすがに彼等とどまる
――シシリーやアルマーニュ、
かの蒼ざめ愁(かな)しい霧の中(うち)、
粛として!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。第2連第2行の「ヱ」は、原作では小文字です。編者。

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