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2012年3月25日 (日)

中原中也が訳したランボー「静寂」Silence

飾画篇Les Illuminationsは
「イリュミナシオン」と訳されることもある
「ランボー後期」に属する(と考えられている)韻文詩篇のタイトルです。
「後期韻文詩」といわれているものとは異なり
ランボー自身が「イリュミナシオン」とネーミングした草稿があり
その中の幾つかが
ベルレーヌや他の人の手に渡った末、
編集者ギュスタブ・カーンが入手し
ヴォーグ誌に発表されるという経過をたどりました。
発表は1886年のことでした。

1872年から1875年にかけて制作されたものと推定されていますが
研究は諸説があり、断定できません。

一つの説を挙げれば――

レガメーのアルバムには数点のデッサンがつけ加わったが、伝記のためには第一級の資料である。

「無口な仲間」(ランボーのこと。編者)は、堂々たる山高帽をかぶって、椅子にかけて眠っているところが描かれている。

ヴェルレーヌはソクラテス風の頭の恰好で姿を見せているし、また、ぼろを着た二人が、ひとりのお巡りの軽蔑的なまなざしを浴びながら街を散歩している図もみえる。

彼らは、カルチエ・ラタン時代のもう一人の旧友、コミューン派の有名な人物であるユージェーヌ・ヴェルメルシュにも会ったが、この人物はちょうど結婚しようというところで、わびしいハウランド街の独身部屋を彼らに明け渡してくれた。ヴェルメルシュを通じて、彼らは、ジュール・アンドリュー、リサガレー、カミーユ・バレール、マチュズヴィック等の、非常に活動的だが、警察からは監視されているグループを形作っていた亡命者たちを識った。

二人の生活は、はじめのうちは楽しみがなくもなかった。フランス風カフェ、ハイド・パーク、地下鉄、場末町、テムズ河のドック、マダム・タッソーの蝋人形館、ナショナル・ギャラリー等、彼らはなんでも見、なんでも知ろうとした。夜は夜で、芝居とか、講演会とか、彼らが覗かない催し物はひとつもないほどだった。

ランボーは観察し、書きとめる。

たとえば、「水晶をはりつめた灰色の空のかずかず」とか、「メトロポリタン」とか、「喪に服した大海原の作りうるこのうえなく陰惨な煙霧でかたどられた空」とか、それに、当時ケンシントン地区で開かれていて、マラルメが1872年7月20日号の「イリュストラッション」誌で報告している万国博覧会に多分想を得た、「イリュミナション」中のあの驚くべき「街々」。

ヴェルレーヌのほうは、妻の思い出をもとに、もの憂い詩篇「言葉なき恋歌」を作っていた。妻の愚痴をこぼしながらも、失われた祖国を惜しむように惜しんでいるのである。
(筑摩叢書 マタラッソー、プティフィス、粟津則雄・渋沢孝輔訳「ランボーの生涯」より)

――というように、
1872年9月10日にベルレーヌの旧い友人、
画家フェリックス・レガメーを訪問した事実を通じて説明されます。
ランボーとベルレーヌのロンドン行の最中に
「イリュミナシオン」の中の幾つかの詩は書かれたというものです。

ベルレーヌの「言葉なき恋歌」もこの旅の中で書かれた、というわけですが
これが真実であるなら
「イリュミナシオン」の誕生を物語る
極めて分かりやすい構図(デッサン)ということになります。

小林秀雄が自ら訳した「地獄の季節」の後記の中で――

「地獄の季節」が書かれたのは、ランボオ自身が、原稿に付記している通り、1873年の4月から8月まで(この間にピストル事件がある)の間であるが「飾画」の方は、書かれた時期がはっきりわかっておらず、大体1872年中の作と、研究家たちに推定されていた。

近年ラコストの研究、(Henry de Bouillane de Lacoste;Rimbaud et le Problème des Illumination,1949)によって、従来誤りとして、研究家らに顧みられなかったヴェルレーヌの証言の方が正しいとする説、つまり「飾画」は1873年―75年の作とする説が現れた。

――と書いたのは、
1957年9月の日付けのある岩波文庫版でのことですが
この考えを、1970年4月の改版でも、変えていません。

中原中也は
小林秀雄が「Les Illuminations」を
「飾画篇」と翻訳したのに倣(なら)いました。

中原中也訳の「静寂」Silenceは
第2次ベリション版「ランボオ詩集」「飾画篇」の冒頭詩篇で
もともとはタイトルのない作品でしたが
ペテルヌ・ベリションの独断で
「Silence」の題名がつけられました。

 *
 静寂

アカシヤのほとり、
波羅門僧の如く聴け。
四月に、櫂は
鮮緑よ!

きれいな靄の中にして
フヱベの方(かた)に! みるべしな
頭の貌(かたち)が動いてる
昔の聖者の頭のかたち……

明るい藁塚はた岬、
うつくし甍をとほざけて
媚薬(びやく)取り出しこころみし
このましきかな古代人(びと)……

さてもかの、
夜(よる)の吐き出す濃い霧は
祭でもなし
星でなし。

しかすがに彼等とどまる
――シシリーやアルマーニュ、
かの蒼ざめ愁(かな)しい霧の中(うち)、
粛として!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。第2連第2行の「ヱ」は、原作では小文字です。編者。

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