中原中也が訳したランボー「母音」Voyellesその5
ランボーの「母音」Voyelleは
ベルレーヌの「呪われた詩人たち」の中の「アルテュール・ランボー」や
アーサー・シモンズの「象徴主義の文学運動」に引用されたために
いちはやく世界中へ知れ渡ったのですが
そのために日本においても
早くから翻訳が盛んに行われました。
中原中也の同時代訳として
①折竹蓼峰訳でラムボウ「母音」が「帝国文学」に明治41年1月、
②岩野泡鳴訳アルチュル・ランボ「Voyelles(母韻)」が
「表徴派の文学運動」(新潮社、大正2年)の中に引用され、
③蒲原有明訳アルチユウル・ランボオ「母音」が
「有明詩集」(アルス、大正11年)に、
④金子光晴訳アルチュール・ランボオ「母音」が
「近代仏蘭西詩集」(紅玉堂、大正14年)に、
⑤大木篤夫訳アルチュゥル・ラムボオ「母音」が
「近代仏蘭西詩集」(アルス、昭和3年)に
――といった具合に発表されています。
(「新編中原中也全集 第3巻 翻訳・解題篇」より)
上田敏の「海潮音」が出版されたのは
明治38年(1905年)で、
「酔ひどれ船」の未定稿が収録された「牧羊神拾遺」は
翌明治39年です。
上田敏や堀口大学の名前は
「母音」に関して
同時代訳には現れませんが
ランボーへ無接触ということではなさそうで
世に現れないまでも
懸命に取り組まれていた節があります。
中原中也訳「母音」は
昭和11年発行の「ランボオ詩抄」に初出しますから
これらの同時代翻訳への遅い参戦ということになります。
ここで
「母音」の翻訳としては最初(最古)の
折竹蓼峰訳が新編全集に掲出されていますから
参考のために見ておきましょう。
当然、同書からの孫引きということになります。
折竹蓼峰は
「おりたけ・りょうほう」と読み
明治17年(1884年)生れ、昭和25年(1950年)没の
翻訳家、フランス語学者です。
◇
母音
折竹蓼峰訳
母音A(ア)黒E(エ)白I(イ)赤U(ウ)緑O(オ)藍――
吾ひと日隠れたる汝(いまし)らが起源を語らむ。
A影の海、悪臭の巷をめぐり
輝くは小紋のそうしょく(かざり)毛に織れるコルセット。
E狭霧(さぎり)の匂、荒妙(あらたへ)の天幕(テント)の真白、
物傲(ものおご)り氷河は高く野には亦傘花(さんか)のゆらぎ。
Iくれなゐ、“かと”吐きし血汐の叫、痛ましの
憤怒に酔(ゑひ)に強ひて浮く朱唇の笑(ゑま)ひ。
Oいと奇しき烈帛(れつぱく)の「菰(ラツパ)」の声か、
「衆生界」亦天界の経(たて)に織りつぐ沈黙か――
閃(きらめ)くは久遠の「眼」オメガの光!
(※ルビは一部省略しました。また、本文中の“かと”は、原作では傍点になっています。編者。)
◇
文語体が目立ち
中原中也の時代が
新しい時代に入っていることを思わせます。
中原中也は
明治生まれ(明治40年、1907年)なのですが
ものごごろついたのは大正時代ですから
明治気質(かたぎ)を残しつつ
大正世代、昭和世代の人です。
その言語感覚は
明らかに
大正デモクラシーをくぐり抜けて
関東大震災を超えて
また第一次世界大戦を経過して
形成されました。
*
母音
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青、母音たち、
おまへたちの穏密な誕生をいつの日か私は語らう。
A、眩ゆいやうな蠅たちの毛むくぢやらの黒い胸衣(むなぎ)は
むごたらしい悪臭の周囲を飛びまはる、暗い入江。
E、蒸気や天幕(テント)のはたゝめき、誇りかに
槍の形をした氷塊、真白の諸王、繖形花顫動、
I、緋色の布、飛散(とばち)つた血、怒りやまた
熱烈な悔悛に於けるみごとな笑ひ。
U、循環期、鮮緑の海の聖なる身慄ひ、
動物散在する牧養地の静けさ、錬金術が
学者の額に刻み付けた皺の静けさ。
O、至上な喇叭らつぱの異様にも突裂(つんざ)く叫び、
人の世と天使の世界を貫く沈黙。
――その目紫の光を放つ、物の終末!
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
※ なお、同文庫1990年9月10日発行の第一刷では、第1連で「Oは赤」となっているのは、第2次形態、第3次形態での中原中也の誤記を「ママ」としたもののようですが、ここでは正しました。
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