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2012年4月 3日 (火)

中原中也が訳したランボー「朝の思ひ」Bonne Pensée du matinその2

夏、朝の四時に、
愛の眠りはまだ続いている。
木陰の下から蒸発する
  祝いの夜の香り。

むこうの、広々とした工事現場では
ヘスペリデスの陽を浴びて、
すでに――シャツ一枚になって――せわしなく動き回る
  「大工」たち。

苔むした彼らの「砂漠」では、静かに、
値打ちものの羽目板の準備をしているが
       そこに町は
    偽の空を描くだろう。

おお、バビロンの王の臣下たる
これらの質素な「労働者」たちのために、
ウェヌスよ! 魂に冠をかぶった
  「恋人」たちとしばし別れておくれ。

  おお、「羊飼い」たちの王妃よ、
労働者たちにブランデーを運んでこい、
彼らの力が平和のうちにあるように
正午の海で水浴びするまでは。

これは、
ランボー「地獄の季節」の「錯乱Ⅱ」の
「言葉の錬金術」の中に引用された
「Bonne Pensée du matin」の
鈴木創士による訳です。
(「ランボー全詩集」河出文庫より)

次に
同じ鈴木が
「新しい詩」と分類された
いわゆる「後期詩篇」に
「朝の良き思い」のタイトルで訳したものを読みます。

夏、朝四時に、
愛の眠りはまだ続いている。
木立の下で夜明けが立ち昇らせる
   祝いの夜の香り。

むこうの巨大な工事現場では
ヘスペリデスの太陽に向かって、
シャツ一枚になった大工たちが
   すでにせわしなく動き回っている。

苔むした彼らの砂漠では、静かに、
値打ちものの羽目板の準備をしているが
やがて町の富は偽の空の下で
   笑うだろう。

おお! バビロンの王の臣下たる
これらの素敵な「労働者」たちのために、
ウェヌスよ! 魂に冠をかぶった
  「恋人」たちを少し放っておいてくれ。

    おお、「羊飼い」たちの王妃よ、
  労働者たちにブランデーを運んでこい、
  彼らの力が平和のうちにあるように
正午に、海で水浴びするまでは。
                 1872年5月

鈴木創士によれば
前者が「決定稿」ということになりますが
後者が作られた(印刷・製本された)のが1873年ですから
およそ1年の間の「変化」ですが
翻訳で「変化」は理解できても
「進化」を見ることは困難のようです。

「音」についての進化が
きっと二つの詩のバージョンには見られるのでしょうが
それを味わうには、
やはり
フランス語原詩にあたるしかないようです。

小林秀雄訳を
読んでおきましょう。

夏、朝の四時、
愛の睡りはまださめぬ、
木立には、
祭の夜の臭いが立ちまよう。

向うの、広い仕事場で、
エスペリードの陽をうけて、
もう『大工ら』は
肌着一枚で働いている。

苔むした『無人の鏡』に、黙りこくって、
勿体ぶった邸宅を、大工らは組んでいる、
街はやがてその上を、
偽の空で塗り潰そう。

ヴィナスよ、可愛い『職人ども』のために、
バビロンの王の家来たちのために、
暫くは心驕った『愛人たち』を、
離れて来てはくれまいか。

ああ、『牧人たちの女王様』、
大工の強い腕節が、真昼の海の水浴を、
心静かに待つようにと、
酒をはこんで来てはくれまいか。

(「地獄の季節」岩波文庫より)

詩の内容は
大体、同じようなものになりますが
「音」は
原詩=フランス語と日本語では
まるで別物ですから
これを翻訳することは不可能といえましょう。

「色」も
「音」に付随しますから
訳するとなると
かなり困難でしょうが
「意味」の訳とともに
「色」は多少なりとも訳されるかもしれません。

「言葉」の翻訳は
こんな風に単純ではないはずですが
「臭い」とか「温度」とか「空気感」とか……
訳せないものはいくらでもあり
訳せないものを訳そうとしているのですから
「あきれた!」なんて言えないのです。
偉大というしかありません。

「朝の思い」Bonne Pensée du matinに
ランボーは
何を歌いたかったのでしょうか――。

鈴木創士は
「労働者」と「大工」と訳し
小林秀雄と中原中也は「大工」と「職人」と訳した違いがあり
詩の主役は
微妙にニュアンスが異なりますが
ランボーがしばしば
侮蔑し痛罵し唾棄する標的ではなく
「仕事をする人」「働く者」への敬意の表明であるのが
「朝」の清冽さとともに
際立つ詩です。

 *

 朝の思ひ

夏の朝、四時、
愛の睡気がなほも漂ふ
木立の下。東天は吐き出だしてゐる
   楽しい夕べのかのかをり。

だが、彼方(かなた)、エスペリイドの太陽の方(かた)、
大いなる工作場では、
シャツ一枚の大工の腕が
   もう動いてゐる。

荒寥たるその仕事場で、冷静な、
彼等は豪奢な屋敷の準備(こしらへ)
あでやかな空の下にて微笑せん
   都市の富貴の下準備(したごしらへ)。

おゝ、これら嬉しい職人のため
バビロン王の臣下のために、
ヹニュスよ、偶には打棄(うつちや)るがいい
   心驕れる愛人達を。

   おゝ、牧人等の女王様!
 彼等に酒をお与へなされ
 正午(ひる)、海水を浴びるまで
彼等の力が平静に、持ちこたへられますやうに。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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