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2012年4月22日 (日)

中原中也が訳したランボー「最も高い塔の歌」Chanson de la plus haute Tour

中原中也訳の「最も高い塔の歌」Chanson de la plus haute Tourは
「飾画篇」の11番目にありますが、
「五月の旗」(中原中也訳は「忍耐」)
「永遠」
「黄金時代」とともに
「忍耐の祭」のタイトルで一つの組詩を構成する、
というのがメッサン版などの解釈です。

第2次ベリション版を原典とする中原中也訳は
単独の詩として扱います。

「永遠」などと同様に
メッサン版「ランボー詩集」に依拠するテキストは
詩本文末尾に「1872年5月」と付され、
詩句の配列などにも
第2次ベリション版とは異同があります

また、「地獄の季節」に
バリアントが引用されているのも
「永遠」などと同様です。

何事にも屈従した
無駄だった青春よ

――とはじまるフレーズが強烈な印象を残し
そのルフランが終わり近くに現れて
また印象的な詩です。

ランボーに
何が起ったのだろうか、
何を言わんとしているのだろうか、と
自然に目を凝らすポーズになりますが
同時に、
中原中也が
「在りし日の歌」の「後記」に
「さらば東京!おお、わが青春!」と記したのが
オーバーラップしてきたりもします。

1872年5月は
ランボー17歳
誕生日は10月20日です。

「地獄の季節」は
1873年11月完成だとすると、19歳――。

青春の真っ只中に
青春を振り返る
ランボー。

屈従した青春
無駄だった青春
……

繊細さのために
生涯をそこなった
……

「地獄の季節」では
「錯乱Ⅱ」の「言葉の錬金術」の中で
「涙」
「朝の思ひ」の後に引用されます。

「最も高い塔の歌」を引用する前に、

それから俺は語の幻覚を使って俺の魔術的な詭弁(ソフィスム)を説明したのだ!

俺はとうとう自分の精神の混乱を聖なるものと思うようになった。
俺は重い熱病にさいなまれて何もしないでぶらぶらしていた。動物たちの至福がうらやましかった、――辺獄(リンボ)の無垢を象徴する毛虫たちや、処女性の眠りであるモグラが!

俺の性格はとげとげしくなっていった。恋愛詩(ロマンス)の類の詩のなかで、俺はこの世に別れを告げていたのだ。(鈴木創士訳。改行を加えてあります。編者。)

――と、ランボーは述べています。

「この世に別れを告げていた」という断言に続いて
「最も高い塔の歌」が引用されたということは
この詩が「別れ」を告げた詩であるということなのか。
「この世に別れ」というのは、「死」を意味するのか。
でなければ、何に対しての別れか。

解釈は
さまざまにできますが、

屈従した青春、
無駄だった青春、
繊細さのために
生涯をそこなった

などとはじまる詩のリードとして
すんなり繋がっていきます。

繋がったところで
読み進めましょう。

ああ! 心という心の
陶酔する時が来てくれればいい!

私は思った、もう忘れてしまおうと、
人が私を見ないようにと。
とても高度な喜びの
約束なしには

何物も私を止めないように
厳かな隠棲なのだ。

ノートルダムのイメージをしか
心に持たない惨めな
さもしい限りの
後家さんたちも、

マリア様に
祈ろうというのか?

私はずいぶん忍耐した
決して忘れることはない。
積もる怖れや苦しみは
空に向かって昨日去った。

今はただ理由もわからぬ渇望が
私の血を暗くする。

忘れ去られた
野原といえば
香りと毒麦を着けては
膨らんだ花を咲かせるのだ。

きたないハエどもの残忍な
羽音をともなって。

何事にも屈従した
無駄だった青春よ、
繊細さのために
私は生涯を損なったのだ。

ああ! 心という心の
陶酔する時が来てくれればいい!

 *

 最も高い塔の歌

何事にも屈従した
無駄だつた青春よ
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ、

あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!

私は思つた、忘念しようと、
人が私を見ないやうにと。
いとも高度な喜びの
約束なしには

何物も私を停めないやう
厳かな隠遁よと。

ノートルダムの影像(イマージュ)をしか
心に持たぬ惨めなる
さもしい限りの
千の寡婦等も、

処女マリアに
祈らうといふか?

私は随分忍耐もした
決して忘れもしはすまい。
つもる怖れや苦しみは
空に向つて昨日去(い)つた。

今たゞわけも分らぬ渇きが
私の血をば暗くする。

忘れ去られた
牧野ときたら
香(かをり)と毒麦身に着けて
ふくらみ花を咲かすのだ、

汚い蠅等の残忍な
翅音(はおと)も伴ひ。

何事にも屈従した
無駄だつた青春よ、
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ。

あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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