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2012年4月 8日 (日)

中原中也が訳したランボー「渇の喜劇」Comédie de la Soifその2

中原中也訳「ランボオ詩集 飾画篇」の6番目にある
5章で構成される長詩
「渇の喜劇」Comédie de la Soifを読み進めます。

第3章は、Ⅲ「仲間」です。

おい、酒は浜辺に
波となってあるんだ!
ピリッとくる苦(にが)い酒ビットルは
山の上から流れ出すのさ!

どうだい、手に入れようじゃないか、
緑の柱と見違えるばかり立派なアブサン宮殿……

小生。――何が何やらもう分からなくなってきた。
       ひどく、酔ったが勘弁してくれい。

       俺は好きだぞ、随分好きだ、
       池に漬かって腐るのは、
       あの気味悪い苔水のヌルヌルの
       漂う丸太のその傍(そば)で。

Ⅳ「哀れな空間」は
会話ではなくなったのか
モノローグでしょうか。
語るのは「俺」です。

恐らくは、とある夕べが俺をまつだろう。
ある古都でな。
その時こそは、静かに飲もう
たらふく飲んで満足して死んでも行こう、
ただそれまでの辛抱だ!

もしも俺の不運も終わり、
お金が手に入ることにでもなったら、
その時はどっちにしたもんか!
北か、それとも南・葡萄の国か?
――まあまあ今からそんなことまで、

空想したって始まらない。
仮に俺がだ、昔流儀の
大旅行家殿になったところで、
あの「緑の色した旅館」が
今どき、存在するわけがない。

第5章「Ⅴ」は「結論」。

草原に震えているフタコエドリ、
追い回される禽獣たち、
水に棲む奴、家畜ども、
瀕死の蝶さえ渇望(かわき)を持ってる。

サバ雲もろとも融けること。
――清々しいこと限りなく
朝の光が、森に満たす清冽。
スミレの上で死ぬこと!

終わりのほうになって
訳詩が
こなれていて
スラスラと読めます。

さば雲もろとも融けること、
――すがすがしさにうべなはれ、

このあたり、名訳といえます。

中原中也は
この詩の訳出を早くから試み
長い間、あたためて
晩年に完成をみたことが知られています。

 *

 渇の喜劇

     Ⅰ

   祖先(みおや)

私(わし)達はおまへの祖先(みおや)だ、
  祖先(みおや)だよ!
月や青物の
冷(ひや)こい汁にしとど濡れ。
私達(わしたち)の粗末なお酒は心を持つてゐましたぞ!
お日様に向つて嘘偽(うそいつはり)のないためには
人間何が必要か? 飲むこつてす。

小生。――野花の上にて息絶ゆること。

私(わし)達はおまへの祖先(みおや)だ、
  田園に棲む。
ごらん、柳のむかふを水は、
湿つたお城のぐるりをめぐつて
ずうつと流れてゐるでせう。
さ、酒倉へ行きますよ、
林檎酒(シイドル)もあればお乳もあります。

小生。――牝牛等呑んでる所(とこ)へゆく。

私(わし)達はおまへの祖先(みおや)。
  さ、持つといで
戸棚の中の色んなお酒。
上等の紅茶、上等の珈琲、
薬鑵の中で鳴つてます。
――絵をごらん、花をごらん。
私(わし)達は墓の中から甦(かへ)つて来ますよ。

小生。――骨甕をみんな、割つちやへばよい。

     Ⅱ

   精神

永遠無窮な水精(みづはめ)は、
  きめこまやかな水分割(わか)て。

ヹニュス、蒼天の妹は、
  きれいな浪に情けを含めよ。

ノルヱーの彷徨ふ猶太人等は、
  雪について語つてくれよ。

追放されたる古代人等は、
  海のことを語つてくれよ。

小生。――きれいなお魚(さかな)はもう沢山、
     水入れた、コップに漬ける造花だの、
   絵のない昔噺は
     もう沢山。

   小唄作者よ、おまへの名附け子、
     水螅(ヒイドル)こそは私の渇望(かわき)、
   憂ひに沈み衰耗し果てる
     口なき馴染みのかの水螅(ヒイドル)。

     Ⅲ

   仲間

おい、酒は浜辺に
  浪をなし!
ピリツとくる奴、苦味酒(ビットル)は
  山の上から流れ出す!

どうだい、手に入れようではないか、
緑柱めでたきかのアプサン宮(きう)……

小生。――なにがなにやらもう分らんぞ。
   ひどく酔つたが、勘免しろい。

   俺は好きだぞ、随分好きだ、
   池に漬つて腐るのは、
   あの気味悪い苔水の下
   漂ふ丸太のそのそばで。

     Ⅳ

   哀れな空想

恐らくはとある夕べが俺を待つ
或る古都で。
その時こそは徐かに飲まう
満足をして死んでもゆかう、
たゞそれまでの辛抱だ!

もしも俺の不運も終焉(をは)り、
お金が手に入ることでもあつたら、
その時はどつちにしたものだらう?
北か、それとも葡萄の国か?……
――まあまあ今からそんなこと、

空想したつてはじまらぬ。
仮りに俺がだ、昔流儀の
旅行家様になつたところで、
あの緑色の旅籠屋が
今時(いまどき)あらうわけもない。

     Ⅴ

   結論

青野にわななく鳩(ふたこゑどり)、
追ひまはされる禽獣(とりけもの)、
水に棲むどち、家畜どち、
瀕死の蝶さへ渇望(かわき)はもつ。

さば雲もろとも融けること、
――すがすがしさにうべなはれ、
曙(あけぼの)が、森に満たするみづみづし
菫の上に息絶ゆること!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。原作は、本文中「勘免」の「免」に「ママ」の注記があります。編者。

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