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2012年4月26日 (木)

中原中也が訳したランボー「彼女は埃及舞妓か?」Est-elle almée?

中原中也訳の「彼女は埃及舞妓か?」Est-elle almée?は
「翻訳詩ファイル」という
中原中也が残した草稿の束(たば)に
ランボーの
「(彼の女は帰つた)」(「永遠」の第1次形態)
「ブリュッセル」
「彼女は舞妓か?」
「幸福」
「黄金期」
「航海」の6篇と
ギュスタブ・カーンの詩1篇の
計7篇の翻訳未定稿が記されてある中の一つで
その第2次形態ということになります。

第1次形態が
「翻訳詩ファイル」に書かれた草稿
「彼女は舞妓か?」で
第2次形態が
「ランボオ詩集」に収録された
「彼女は埃及舞妓か?」ですが
第2次形態のタイトルに「埃及舞妓」とあるのは
原詩のalméeの「和訳」で、
「アルメ」と読みます。

アメリカを亜米利加、
フランスを仏蘭西、
スイスを瑞西などと「当て字」で読んだり
中国語からの「輸入」の場合もあるのと同じで
古くからある国名表記法に拠っています。

Alméeは、フランス語で「アルメ」と発音し、
「(近東の)舞姫」の意味ですが
このアルメに「埃及」と当てたのは
中国語で「エジプト」を「埃及」と書き、
「アイジー」「アイチー」と発音するからでもあり
昔の国名表記の情調を
中原中也も「面白い」と考えて採用したのではないでしょうか――。

ランボーのイリュージョンに現れたエジプトのダンサーを
埃及舞妓という漢字と、
アルメという音(おん)に翻訳したのは
中原中也が使用していたフランス語辞書の記載によるものか
詩人の工夫なのか分かりませんが
果敢な訳です。

第1次形態と
第2次形態との間には
かなりの異同があるため
翻訳は別個に行われたものと推定されています。

ランボーの原作には
末尾に「1872年7月」とある自筆原稿が知られており
「1872年5月」の日付けを持つ詩篇と
同じ流れのグループに属するものと
西条八十は分類しています。

「酔いどれ船」を書き上げ
ベルレーヌと初めて会ってから
1年ほど経過していたでしょうか
1872年はランボーが詩を多産した年で
ベルレーヌとベルギーやロンドンを彷徨した「蜜月期間」でしたが
翌1873年7月のブリュッセル銃撃事件を経て
同年末には「地獄の季節」を完成させた
怒涛の年でした。

彼女はエジプトのダンサーか……かわたれどきに
火の花となってくづおれそうではないか。

豪華な都会に近く
壮大な夜のパノラマに!

美しい! おまけにこれはなくてはならない
――海女や、海賊の歌のためには、

だって彼女の表情は、消えそうでありながら、なお海の
夜の宴を信じきってた!

彷徨するランボーが
どこだかの夜の港湾で見た
イリュージョンのような
リアルではかない
鮮烈な光景。

言葉の錬金術は
このような短詩にも
片鱗を見せます。

中原中也の訳は
ランボーの見たイリュージョンを
壊さないように壊さないように
果敢に
詩の空気のようなものを閉じ込めようとしています。

 *

 彼女は埃及舞妓か?

彼女は埃及舞妓(アルメ)か?……かはたれどきに
火の花と崩(くづほ)れるのぢやあるまいか……

豪華な都会にほど遠からぬ
壮んな眺めを前にして!

美しや! おまけにこれはなくてかなはぬ
――海女(あま)や、海賊の歌のため、

だつて彼女の表情は、消え去りがてにも猶海の
夜(よる)の歓宴(うたげ)を信じてた!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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