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2012年4月 1日 (日)

中原中也が訳したランボー「カシスの川」La Rivière de Cassisその2

中原中也訳の「カシスの川」La Rivière de Cassisは
ランボーを「単独で」翻訳して初めて発表した詩です。

ベルレーヌの著作「呪われた詩人たち」の「ポーヴル・レリアン」の中に
ランボーの「盗まれた心」と「フォーヌの顔」が引用されてあり
これをすでに「白痴群」第5号(昭和5年)に翻訳・発表していますが
これ以外のランボーの詩の翻訳では
「紀元」にこの「カシスの川」を発表したのが
単独の詩としては初めてということになります。

「紀元」に「カシスの川」を発表したのと同じ昭和8年に
「小冊子」に「失はれた毒薬」を発表していますが
これがランボーの作品でないことが
その後の研究で明らかになっている現在
「カシスの川」は
中原中也が翻訳した「単独の」詩の初めての発表詩ということになります。

「引用詩ではなく単独詩」
――こんな言い方に意味があるかはわかりませんが
ベルレーヌが引用したというだけで
それはベルレーヌの「息」がかかった詩であることから免れないという意味では
「カシスの川」は中原中也のエポックであったといえるかもしれません。

「紀元」発表後
スイッチが入ったかのように
ランボーの詩の翻訳を
中原中也は各誌に発表していきます。

「紀元」に発表された「カシスの川」は第1次形態とされていますが
昭和3年に大岡昇平と「見せっこ」した翻訳が
どれだけ反映しているのか
まったく影も形もないのか、という目で読み直してみると
なんだかランボー翻訳の初期の
「若さ」みたいなものが漂っている感じがしてきます。

「La Rivière de Cassis」は
「カシスである川」という意味か、
そうならば
カシス色に染まった川の流れのイメージも出てきますが
「カシス実る川」という意味ならば、
川べりに自生するカシス(=黒すぐり)が
たわわに実る自然の風景を歌っていることになりますが
さて、どうとったらよいでしょう――。

谷間
100羽のカラス
樅の林
沢山の風がくぐもる
昔の田舎
牙塔
威儀張つた公園
彷徨へる騎士
風の爽かなこと!
飛脚
矢来
領主
森の士卒
烏、おまへのやさしい心根
古い木片(きぎれ)
狡獪な農夫
……

これらの訳語からは
「カシスの川」が
自然のままに歌われるようでありながら

天使
騎士
飛脚
矢来
領主
士卒
農夫

――これら「人」のドラマが
実は主テーマであり、
つい昨日まで戦場だった流域の物語りであることが見え出します。

カシスの川は何にも知らずに流れる

――という冒頭行は、
「逆説」であって
カシスの川は何でも見てきたのだし、
何でも知っているのです。

カシスの赤黒い実で
塗りたくられたような川が
谷あいを悠然と流れる、
その川に寄り添うように
100羽のカラスが群れ飛んで
ギャーギャーと泣く……
真実(まこと)、天使の川波だ、
樅(もみ)の林も大きく揺れて
たんまりと風が吹きすさんでいる。

夏草やつわものどもが夢の跡

――と、松尾芭蕉の句を思い出させるようですが
ランボーは風流風雅(ふりゅうふうが)ではなく
「色と音の眩暈(めまい)の世界」です。

中原中也は
果敢に
色も音も
見逃すまいとしています。

 *

 カシスの川

カシスの川は何にも知らずに流れる
  異様な谷間を、
百羽の烏が声もて伴(つ)れ添ふ……
  ほんによい天使の川波、
樅の林の大きい所作に、
  沢山の風がくぐもる時。

すべては流れる、昔の田舎や
  訪はれた牙塔や威儀張つた公園の
抗(あらが)ふ神秘とともに流れる。
  彷徨へる騎士の今は亡き情熱も、
此の附近(あたり)にして人は解する。
  それにしてもだ、風の爽かなこと!

飛脚は矢来に何を見るとも
  なほも往くだらう元気に元気に。
領主が遣はした森の士卒か、
  烏、おまへのやさしい心根(こころね)!
古い木片(きぎれ)で乾杯をする
  狡獪な農夫は此処より立去れ。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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