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2012年4月 5日 (木)

中原中也が訳したランボー「ミシェルとクリスチイヌ」Michel et Christine

Michel et Christineも
西条八十の研究では
1872年5月に作られた詩群の仲間です。
中原中也訳は「ミシェルとクリスチイヌ」としています。

「地獄の季節」の「錯乱Ⅱ」「言葉の錬金術」で

 俺の言葉の錬金術で、幅を利かせていたものは、およそ詩作の廃れものだ。
 素朴な幻覚には慣れていたのだ。何の遅疑なく俺は見た、工場のあるところに回々教(ういういきょう)の寺を、太鼓を教える天使らの学校を。無蓋の四輪馬車は天を織る街道を駆けたし、湖の底にはサロンが覗いたし、様々な妖術、様々な不可思議、ヴォドヴィルの一外題は、様々の吃驚を目前にうち立てた。
 しかも俺は、俺の魔法の詭弁を、言葉の幻覚によって説明したのだ。
                                       (小林秀雄訳)
 
――とランボーが自己の詩を分析したのを見ましたが、
ここに「ヴォドヴィルの一外題」とあるのが
「ミシェルとクリスチイヌ」というタイトルの由来らしい。

ランボーより1世紀前に活躍した
フランスの劇作家ウジェーヌ・スクリーブが書いた
ボードヴィルつまり軽喜劇の題名から採ったものらしい。
スクリーブの作品に「ミシェルとクリスチーヌ」というタイトルがあり
なにかの折にランボーがそれを知り
自作の詩のタイトルとしたというのです。
(「新編中原中也全集 第3巻 翻訳・解題篇」より)

馬鹿な! 太陽が軌道を外れるなんて!
失せろ、洪水! 路という路の影を見ろ。
柳の中とか名誉ある古い庭の中だぞ、
雷雨がまず大きな雨滴をぶつけるのは。

ドタバタの喜劇とは違うのでしょうか?
なにやら、荒唐無稽な珍事がはじまった気配……。

天変地異とスラップスティック劇が
同一の空間で展開されるような
ランボーの想像力が
全開する……。

「俺の魔法の詭弁を、言葉の幻覚によって説明したのだ」という
ランボーの「言葉の錬金術」が
ここでも繰り広げられます……。

原語では
「音と色の祭典」

それは
翻訳できない……。

ならば、せめて、
内容を追いかけてみれば。

第1連に現れた雷雨は
第2連にも現れ
第3連では稲妻になり
第4連でも、飛び駆ける空の雲になり
第5連でも、雷雨の午後になり
第6連で、月明の晩! になり
第7連で、黄色い森、明るい谷間になる
――という流れがはっきりと見えます。

夜空を切り裂くような
イリュミナシオン。

太陽が軌道を踏み外し
洪水襲来。

このような輪郭が掴めれば
では
あとは言語の実験で
内容なんて
意味なんて
どうでもよい
のか
といえば
そうではない
ハズです。

「酔いどれ船」で展開される
眩暈(げんうん)の世界の
雛形(ひながた)みたいなのが
ここにあるような感じがしませんか?

 *

 ミシェルとクリスチイヌ

馬鹿な、太陽が軌道を外(はづ)れるなんて!
失せろ、洪水! 路々の影を見ろ。
柳の中や名誉の古庭の中だぞ、
雷雨が先づ大きい雨滴をぶつけるのは。

おゝ、百の仔羊よ、牧歌の中の金髪兵士達よ、
水路橋よ、痩衰へた灌木林よ、
失せろ! 平野も沙漠も牧野も地平線も
雷雨の真ツ赤な化粧(おめかし)だ!

黒犬よ、マントにくるまつた褐色の牧師よ、
目覚ましい稲妻の時を逃れよ。
ブロンドの畜群よ、影と硫黄が漂ふ時には、
ひそかな私室に引籠るがよい。

だがあゝ神様! 私の精神は翔んでゆきます
赤く凍つた空を追うて、
レールと長いソローニュの上を
飛び駆ける空の雲の、その真下を。

見よ、千の狼、千の蛮民を
まんざらでもなささうに、
信仰風な雷雨の午後は
漂流民の見られるだらう古代欧羅巴に伴れてゆく!

さてその後刻(あと)には月明の晩! 曠野の限りを、
赤らむだ額を夜空の下に、戦士達
蒼ざめた馬を徐かに進める!
小石はこの泰然たる隊の足下で音立てる。

――さて黄色い森を明るい谷間を、
碧い眼(め)の嫁を、赤い額の男を、それよゴールの国を、
さては可愛いい足の踰越(すぎこし)祭の白い仔羊を、
ミシェルとクリスチイヌを、キリストを、牧歌の極限を私は想ふ!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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