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2012年4月16日 (月)

中原中也が訳したランボー「忍耐」Patienceその3

「忍耐」Patienceの原詩
第1連第7、8行

Le ciel est joli comme un ange,
L'azur et l'onde communient.

――を、他の訳が気になりましたから
少し、当たってみることにします。

まずは、
同時代訳の小林秀雄訳は
「堪忍」のタイトルで、

空は天使の容姿に霽れ渡り、
「紺碧」は「潮」と流れ合ふ。

西条八十は
「五月の軍旗」のタイトルで、

大空は天使のように美しい。
空の青と波とは溶け合う。

渋沢孝輔は
「五月の軍旗」のタイトルで、

空は天使のような美しさ。
青空と波とが通じ合い、

粟津則雄は
「五月の軍旗」のタイトルで、

空は天使のように美しい。
蒼空と波の心はひとつだ。

金子光晴は
「忍耐」のタイトルで、

天使さまのように、空は清らかだ。
青空と潮はながれあう。

鈴木創士は
「五月の旗」のタイトルで、

空は天使のようにきれいだ。
蒼穹と波の心はひとつになる。

宇佐美斉は
「五月の旗」のタイトルで、

空は天使のようにきれいだ
青空と波とは一体となる

以上のように
それぞれ個性的な翻訳を試みていて
訳語の選択や句読点の有無、
行の構成、連の中での位置付けなどと
微妙に違いがあることが分かります。

詩全体を読み比べれば
この違いはさらに
際立ちますし、
タイトルの付け方で
メッサン版か、メッサン版以前か
原典の違いまでを推察することができます。

詩(の翻訳)もまた、
時代の産物と言えるのでしょうか――。

こうした翻訳の中にあって
中原中也の訳は
「聖体拝受」という語を使い
Communionと重ねていて
極めて異例ですが
「勇敢」です。

訳に勇敢さがあり
イメージを具体的に喚起させようと工夫している感じです。

堂々としています。

 *

 忍耐

               或る夏の。

菩提樹の明るい枝に
病弱な鹿笛の音は息絶える。
しかし意力のある歌は
すぐりの中を舞ひめぐる。
血が血管で微笑めば、
葡萄の木と木は絡まり合ふ。
空は天使と美しく、
空と波とは聖体拝受。
外出だ! 光線(ひかり)が辛いくらゐなら、
苔の上にてへたばらう。

やれ忍耐だの退屈だのと、
芸もない話ぢやないか!……チエツ、苦労とよ。
ドラマチックな夏こそは
『運』の車にこの俺を、縛つてくれるでこそよろし、
自然よ、おまへの手にかゝり、
――ちつとはましに賑やかに、死にたいものだ!
ところで羊飼さへが、大方は
浮世の苦労で死ぬるとは、可笑しなこつた。

季節々々がこの俺を使ひ減らしてくれゝばいい。
自然よ、此の身はおまへに返す、
これな渇きも空腹(ひもじさ)も。
お気に召したら、食はせろよ、飲ませろよ。
俺は何にも惑ひはしない。
御先祖様や日輪様にはお笑草でもあらうけど、
俺は何にも笑ひたかない
たゞこの不運に屈托だけはないやうに!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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