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2012年4月14日 (土)

中原中也が訳したランボー「忍耐」Patience

「忍耐」Patienceは、
現在の研究では
「忍耐の祭」というタイトルの「組詩」の第1番詩として知られます。

これは
メッサン版「ランボオ詩集」に収められた
ランボーの自筆原稿のファクシミレで明らかになっていることです。

「五月の旗」
「最も高い塔の歌」
「永遠」
「黄金時代」(中原中也訳は「黄金期」)
――の四つの詩は、
一つの詩「忍耐の祭」を構成するもので
この中の、第1番の詩「五月の旗」が
中原中也訳の「忍耐」に相当することが分かっているのです。

中原中也が原典とした第2次ベリション版は
この組詩とは異なる
もう一つのランボーの自筆原稿を採用したために
「忍耐」のタイトルとなりました。

メッサン版「忍耐の祭」の単位詩である「五月の旗」と
第2次ベリション版の「忍耐」とは、
内容に異同はなく
「五月の旗」の末尾に「1872年5月」とあり、
「忍耐」には、
それがない代りに
タイトルに但し書き「或る夏の。」が付加されているという違いがあるだけです。

この詩も
1872年5月制作の詩群という
西条八十の案内が
分かりやすいアプローチとなります。

「忍耐」は
しばしば引き合いにされる
大岡昇平の広く知られた証言の中で
「名指し」される詩の一つです。

私は昭和三年、二か月ばかり中原からフランス語を習った。飲み代を父から引き出すための策略だが、「ランボオ作品集」をテクストに、一週間の間に各自一篇は訳して見せ合った。私の記憶では中原が「飾画」(「イリュミナシオン」のこと)を、私が「初期詩篇」を受持った。彼は「眩惑」「涙」などを、私は「谷間の睡眠者」「食器戸棚」「夕べの辞」「フォーヌの顔」「烏」「盗まれた心」を訳し、二人で検討した。
(旧全集「解説」)

小林が奈良へ行ったあと、代りに中原にフランス語を教わることにしていた、いや何も習うことはないけれど、親父から飲み代を出させるためです。一週間の間にランボーやネルヴァルを一篇か二篇訳して、二人で見せっこする。僕が初期詩篇をやり、彼は「イリュミナシオン」の中の行分け詩をやっていた。それぞれ気に入った、そして未訳のものをやった。彼はたしか「蹲踞」「忍耐」「カシスの川」を持って来たと思います。僕は「烏」「盗まれた心」「フォーヌの顔」「夕べの辞」などをやった。
(大岡昇平全集第18巻)

――と大岡昇平は、
別の機会に、同じことの記憶を証言していますが、
例示された詩のタイトルは、
両証言で微妙に変化しています。

それぞれの書物の編集段階で、
証言を再検討した形跡がうかがえますが、
「忍耐」が登場するのは
「大岡昇平全集」のほうですから
こちらのほうが、より事実に近いものと言えるのかも知れません。

※上記二つの引用は、「新全集・第3巻翻訳・解題篇」からの「孫引き」です。編者。

「忍耐」は
大岡昇平と中原中也の「勉強会」の中では
中原中也担当の詩でした。

担当するほどに
より得意だった詩であるといえますが
二人の間でのことです。

 *

 忍耐

               或る夏の。

菩提樹の明るい枝に
病弱な鹿笛の音は息絶える。
しかし意力のある歌は
すぐりの中を舞ひめぐる。
血が血管で微笑めば、
葡萄の木と木は絡まり合ふ。
空は天使と美しく、
空と波とは聖体拝受。
外出だ! 光線(ひかり)が辛いくらゐなら、
苔の上にてへたばらう。

やれ忍耐だの退屈だのと、
芸もない話ぢやないか!……チエツ、苦労とよ。
ドラマチックな夏こそは
『運』の車にこの俺を、縛つてくれるでこそよろし、
自然よ、おまへの手にかゝり、
――ちつとはましに賑やかに、死にたいものだ!
ところで羊飼さへが、大方は
浮世の苦労で死ぬるとは、可笑しなこつた。

季節々々がこの俺を使ひ減らしてくれゝばいい。
自然よ、此の身はおまへに返す、
これな渇きも空腹(ひもじさ)も。
お気に召したら、食はせろよ、飲ませろよ。
俺は何にも惑ひはしない。
御先祖様や日輪様にはお笑草でもあらうけど、
俺は何にも笑ひたかない
たゞこの不運に屈托だけはないやうに!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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