中原中也が訳したランボー「永遠」Éternitéその4
中原中也が「永遠」Éternitéの翻訳を開始したのは
昭和4年という
興味深いデータがあります。
角川全集の編集が
便宜的に名付けた「翻訳詩ファイル」という
中原中也が残した草稿の束(たば)がありますが
そこにランボーの
「(彼の女は帰つた)」
「ブリュッセル」
「彼女は舞妓か?」
「幸福」
「黄金期」
「航海」や
ギュスタブ・カーンの詩1篇の
計7作の翻訳未定稿が記されてあります。
このファイルの
第1ページにあるのが
無題の「(彼の女は帰つた)」ですが
これが「永遠」のルフランの部分で
最終連、つまり第6連の「試訳」と推定されているのです。
このファイルは
昭和4年から8年の間に使われていたときには
大学ノートでしたが
後の「ランボオ全集」の翻訳のために
旧訳の書かれたこのノートをばらして
ホッチキスでまとめて利用したものと考証されています。
◇
彼の女は帰つた。
何? 永遠だ。
これは行つた海だ
太陽と一緒に。
(「新編中原中也全集 第3巻 翻訳・本文篇」)
――という内容で、
「永遠」の第1次形態とされています。
◇
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去(い)つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去(い)つてしまつた。
――となって「ランボオ詩集」に収録されたのが
現在読める第2次形態ですが
このバージョンアップの過程こそ
中原中也のランボー受容の歴史の象徴であり
日本におけるランボー翻訳史の1断面といえるほどのものです。
ランボー研究は
やがて
「地獄の季節」中に引用された詩篇を決定稿とし
それ以前に作られた詩との間に
「ジャンプ」があったという流れに定着しますが
そうした研究が浸透する以前の
中原中也や小林秀雄ら
「初期のランボー翻訳」(明治期の取り組みを考慮すれば「第2期」?)の
苦闘の跡がここに見られるということです。
◇
この翻訳が記されたのと同一のページには
中原中也がフランス語の動詞と成句を学習した
練習筆記がぎっしりと書き込まれていますのは
この苦闘を物語る1側面です。
帝大や早稲田、慶応の仏文科や
東京外語学校、アテネ・フランセといった場での学習は
個人の血の滲むような勉強なくして
成就できませんでした。
◇
「ランボオ詩集」の「後記」の末尾に
終りに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海の諸兄に、厚く御礼を申述べておく。
――と中原中也が記しているのは、
個人の勉強では届かず、
折りにふれては友人・知己に助力を求めたことに
自然な敬意を表しているものに違いありません。
◇
「永遠」の第1連と最終第6連のルフランは
このようにして訳出され
今なお、存在感たっぷりの名訳であることに変わりませんが
「ランボオ詩集」の「後記」には
「永遠」の、
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務(つとめ)はすむといふものだ、
――と、第5連の3行を、
若干、語句を変えて引用しています。
「永遠」を
それほどに
思い入れを込めていることの意味が
少しは見えつつあります。
*
永遠
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去(い)つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去(い)つてしまつた。
見張番の魂よ、
白状しようぜ
空無な夜(よ)に就き
燃ゆる日に就き。
人間共の配慮から、
世間共通(ならし)の逆上(のぼせ)から、
おまへはさつさと手を切つて
飛んでゆくべし……
もとより希望があるものか、
願ひの条(すぢ)があるものか
黙つて黙つて勘忍して……
苦痛なんざあ覚悟の前。
繻子の肌した深紅の燠よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務(つとめ)はすむといふものだ
やれやれといふ暇もなく。
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去(い)つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去(い)つてしまつた。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
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