中原中也が訳したランボー「幸福」Bonheurその7
中原中也訳の「幸福」Bonheurが
強い浸透力で
十五年戦争下の、
および、戦後の、
そして、現代の若者に
諳(そら)んじられ、
口から口へと歌い継がれていくのは、
まず、第一に
季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
――のルフランの心地よさからであることは
間違いありません。
魅力のワケを
色々に分析することができるのですが
まずは
Ô saisons, ô châteaux (オー セゾン、オー シャトー)
というフランス語を、
季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
――と、「流れる」と「見える」を補って、
●●●-●●●●、●●●●-●●●
3-4、4-3とリズミカルに仕立てた、というところに求めても
まったく間違いではないでしょう。
◇
リズムを刻むために
「季節」を「とき」と2音に読ませ、
「城寨」を「おしろ」と3音で読ませました。
結果、ルビ(振り仮名)のわずらわしさが消え、
文字面(もじづら)がやわらかくなり
意味が明瞭になりました。
この1行で
このようなことが言えます。
◇
この1行は3度現れるルフランですが
第2行の
無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?
――も、
●●●●-●●●●-●●●-●●●
4-4-3-3と、
リズムをくづさず、
第1行と対(ペア)になった第1連には
深遠な意味が加わりました。
季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?
――と読んで心地よいのは、
語呂がよいだけでなく
意味も通りやすい訳になっているということです。
◇
ここには
原作者ランボーがこの詩に込めた
シャンソン(chanson)への思い入れもが
翻訳されている、ということが言えそうです。
音数律にこだわった詩人が
「幸福」を流れるシャンソン=唄の響きを
捕らえたのです!
まさしく
ミートしました。
第1連には
このようなことが言えます。
◇
語呂のよさは、
全篇にわたっています。
第2連は、
4-4-5。(8-5)
4-3-3-3。(7-6)
第3連は、
4-3-5。(7-5)
4-3-5。(7-5)
第4連は、
3-4-5。
4-4-5。
第5連は、
2-5-5。(7-5)
4-4-5。(8-5)
第6連は、
4-3-7。(7-7)
3-4-7。(7-7)
この間に、
ルフラン3-4-4-3(7-7)が
3回挿まれます。
詩の構成は
原作ランボーのものですが
「流れる」と「見える」で補われたリズミカルなフレーズが
3回繰り返されると
強烈なインパクトで
読む人の感覚を揺らします。
◇
脱(のが)れ
ゴオルの鶏(とり)
恍惚(とろ)けて
――というルビも
読み手の頭脳に
多重な意味を刻ませますし、
◇
第3連の
「幸福」の「 」は
ランボーとベルレーヌの「愛」がかぶさっていて
卓抜です。
中原中也は
ランボーとベルレーヌのただならぬ関係さえも
意識的にか
直感的にか
翻訳したことを想像させて
驚かせるほどです。
◇
言葉の意味の領域から
リズムの領域
……
それから
道化っぽい声調まで
「幸福」には
中原中也の「詩の技」がぎっしり詰まっています。
*
幸福
季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?
季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱(のが)れ得よう。
ゴオルの鶏(とり)が鳴くたびに、
「幸福」こそは万歳だ。
もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。
身も魂も恍惚(とろ)けては、
努力もへちまもあるものか。
季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える。
私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!
季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える!
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
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