中原中也が訳したランボー「飢餓の祭り」Fêtes de la Faimその3
俺は、
沙漠を、
萎(しお)れ枯れた果樹園を、
色褪(あ)せた商店を、
生ぬるい飲料を愛した。
疲れた足を引摺り、
臭い路次を過ぎ、
瞑目して
この身を火の神太陽に献げた。
「将軍よ、
君は崩れた堡塁に、
古ぼけた大砲が残っているならば、
乾いた土の塊をこめて、
俺たちを砲撃してはくれまいか。
すばらしい商店の飾窓を狙うんだ、
サロンにぶち込むんだ。
街にどろっ埃を食わせてやれ。
蛇口などは皆んな錆びつかせてやれ。
閨房には
どいつも焼けつくような
紅玉の煙硝をつめ込んじまえ……」
ああ、
羽虫は、
瑠璃萵苣(るりちさ)に焦れ、
旅籠屋の小便壺に酔い痴れて、
一筋の光に姿を消すか。
(小林秀雄訳)
――と、ランボーが
「地獄の季節」「錯乱Ⅱ」の
「言葉の錬金術」に記したのを
こうして「改行」を入れて読んでみると
散文詩が韻文詩に変化することに気づきます。
(※という、単純なものでないことを断っておきますが。)
ここは「飢餓」と題する詩を引用するためのリードなのですが
引用詩「飢餓」は
「飢餓の祭り」のバリアント(異文)であることは言うまでもなく
この流れから「飢餓の祭り」を読めば
もう少し深い読みが出来るようになってくることにも気づきます。
◇
「瑠璃萵苣(るりちさ)」とリード部に現れているのは
土から葉つぱが現れた。
熟れた果肉にありつかう。
畑に俺が摘むものは
野蒿苣(のぢしや)に菫だ。
――と、「飢餓の祭り」にある「野蒿苣(のぢしや)」と同じ植物ですから
ああ、
羽虫は、
瑠璃萵苣(るりちさ)に焦れ、
旅籠屋の小便壺に酔い痴れて、
一筋の光に姿を消すか。
――を、じっくり読めば、
「飢餓の祭り」へと繋がる糸口を見つけることができそうです。
◇
羽虫(ハエとかアブとか)が
毒草だか、ハーブ(香草)だか、
ルリチシャの葉っぱを渇望していたところが
田舎旅館の小便所の臭いでフラフラになり
折しも、落日が輝く中に溶けていく……。
この情景は
俺は、
沙漠を、
萎(しお)れ枯れた果樹園を、
色褪(あ)せた商店を、
生ぬるい飲料を愛した。
疲れた足を引摺り、
臭い路次を過ぎ、
瞑目して
この身を火の神太陽に献げた。
――と、同じことの繰り返しに過ぎませんし、
「将軍よ、」とはじまるモノローグ(?)の繰り返しでもあります。
◇
「飢餓の祭り」が
フラフラ状態の羽虫の行く末であることが
見えて来はしないでしょうか?
◇
ランボーは
「言葉の錬金術」の手の内を
見せてくれています。
大放出です!
◇
中原中也の翻訳が
このあたりのツボを押さえていて
してやったり! の声調に満ちているのは
富永太郎や小林秀雄や大岡昇平(ら)との
ランボー論議を通じているからであると思えてなりませんが、
これも実証の範囲にありません。
*
飢餓の祭り
俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
驢馬に乗つて失せろ。
俺に食慾(くひけ)があるとしてもだ
土や礫(いし)に対してくらゐだ。
Dinn! dinn! dinn! dinn! 空気を食はう、
岩を、炭を、鉄を食はう。
飢餓よ、あつちけ。草をやれ、
音(おん)の牧場に!
昼顔の、愉快な毒でも
吸ふがいい。
乞食が砕いた礫(いし)でも啖(くら)へ、
教会堂の古びた石でも、
洪水の子の磧の石でも、
寒い谷間の麺麭でも啖へ!
飢餓とはかい、黒い空気のどんづまり、
空鳴り渡る鐘の音。
――俺の袖引く胃の腑こそ、
それこそ不幸といふものさ。
土から葉つぱが現れた。
熟れた果肉にありつかう。
畑に俺が摘むものは
野蒿苣(のぢしや)に菫だ。
俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
驢馬に乗つて失せろ。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。
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