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2012年5月 6日 (日)

中原中也が訳したランボー「飢餓の祭り」Fêtes de la Faim

中原中也が訳した「飢餓の祭り」Fêtes de la Faimも
原典はタイトルを持つ単独の詩ですが、
「地獄の季節」の「錯乱Ⅱ」「ことばの錬金術」に
「飢餓」のタイトルで
バリアント(異文)が引用されてもいる詩です。

内容や構成などが
「渇の喜劇」に類似することが
しばしば指摘される詩ですが、
「渇の喜劇」がダイアローグなのに対し
こちらはモノローグです。

モノローグでありながら
「劇」の登場人物のセリフのような
「喋り(しゃべり)」の感覚があります。

この翻訳が
富永太郎や小林秀雄との
交流の影を帯びていることも確実で
中原中也が京都から東京に出てきたころの状況を
想像しながら読む楽しさがあります。

富永太郎が
大正13年12月頃に
この詩を訳したことがわかっていますが、
大正14年に死去して後の
昭和2年出された遺稿集(私家版)には
「飢餓の饗宴」として収録され
中原中也が
これを読んだ可能性は高く、

小林秀雄訳の「地獄の季節」も
昭和5年に白水社から発行され
中に「飢」のタイトルで訳されますから
これを中原中也が読んだ可能性も高く、

しかし、
いつ読んだかは特定できません。

同時代訳を
読んでおきます。

富永太郎訳
飢餓の饗宴

  俺の饑(うえ)よ、アヌ、アヌ、
   驢馬に乗って 逃げろ。

俺に食気(くいけ)が あるとしたら、
食いたいものは、土と石。
ヂヌ、ヂヌ、ヂヌ、ヂヌ、空気を食おう、
岩を、火を、鉄を。

俺の饑(うえ)よ、廻れ、去れ。
   音(おん)の平原!

旋花(ひるがお)のはしゃいだ
   毒を吸え。

貧者の砕いた 礫を啖え、
  教会堂の 古びた石を、
  洪水の子なる 磧(かわら)の石を、
  くすんだ谷に 臥ている麺麭(ぱん)を。

俺の饑は、黒い空気のどんづまり、
  鳴り響く蒼空!
――俺を牽くのは 胃の腑ばかり、
  それが不幸だ。

地の上に 葉が現われた。
饐えた果実の 肉へ行こう。
畝(うね)の胸で 俺が摘むのは、
野蒿苣(のぢしゃ)に菫。

  俺の餓(うえ)よ、アヌ、アヌ、
  驢馬に乗って 逃げろ。

(思潮社「富永太郎詩集」より)
※現代表記に改めました。編者。

小林秀雄訳

俺に食いけがあるならば
先ず石くれか土くれか。
毎朝、俺が食うものは
空気に岩に炭に鉄。

俺の餓鬼奴ら、横を向け、
糠の牧場で腹肥やせ。
昼顔の陽気な毒を吸え。

出水の後の河原石、
踏み砕かれた砂利を食え、
教会堂の朽ち石を、
みじめな窪地に播かれたパンを。

(岩波文庫「地獄の季節」より)

中原中也生存中に公刊された
「近代佛蘭西詩集」(昭和3年)に収録されているので
読んだ可能性を否定できない
大木篤夫の訳です。

飢餓の饗宴

俺の空(すき)っ腹(ぱら)、アンヌよ、アンヌ、
驢馬(アンヌ)に乗って、さっさと失せろよ。

味に好みがあったところで
せいぜい土か、石っころだよ。
ディン! ディン! ディン! ディン!食ってやれ、空気を、
ええ、岩でも、炭でも、鉄でもよ。

俺の空(すき)っ腹(ぱら)、くるッと廻れよ、
食べろよ、糠(ぬか)の原っぱを!
ぐっと搾れよ、昼顔の
陶酔気分の毒液を。

さあ、さあ食べろよ、貧乏人が砕いた礫(つぶて)を、
教会堂の古石を、
洪水(でみず)の忰の 河原(かわら)の小石を、
灰色の渓間にころがるパン片(ぎれ)を!

俺の空(すき)っ腹(ぱら)、それはそれ黒い空気の切れ端(ぱし)だよ、
喇叭(ラッパ)を吹き鳴らす青空だよ、
――俺を引きずる胃袋だよ、
   不幸だよ。

地上に、木の葉が現れた!
俺は行こうよ、熟れきっている果(み)を捩(も)ぎに。
畑の胸に、俺は摘もうよ
野萵苣(のぢしゃ)を、すみれを。

俺の空(すき)っ腹(ぱら)、アンヌよ、アンヌ、
驢馬(アンヌ)に乗って、さっさと失せろよ。

(ARS「近代佛蘭西詩集」より)
※新漢字、現代表記に改めました。編者。

 *

 飢餓の祭り

  俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
   驢馬に乗つて失せろ。

俺に食慾(くひけ)があるとしてもだ
土や礫(いし)に対してくらゐだ。
Dinn! dinn! dinn! dinn! 空気を食はう、
岩を、炭を、鉄を食はう。

飢餓よ、あつちけ。草をやれ、
  音(おん)の牧場に!
昼顔の、愉快な毒でも
  吸ふがいい。

乞食が砕いた礫(いし)でも啖(くら)へ、
 教会堂の古びた石でも、
 洪水の子の磧の石でも、
 寒い谷間の麺麭でも啖へ!

 飢餓とはかい、黒い空気のどんづまり、
   空鳴り渡る鐘の音。
 ――俺の袖引く胃の腑こそ、
   それこそ不幸といふものさ。

 土から葉つぱが現れた。
 熟れた果肉にありつかう。
 畑に俺が摘むものは
 野蒿苣(のぢしや)に菫だ。

   俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
   驢馬に乗つて失せろ。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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