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2012年5月16日 (水)

中原中也が訳したランボー「海景」Marineその3

「海景」Marineの色々な訳を
読み比べてみましょう。

まず
中原中也の同時代訳の
大木篤夫から。

航海

銀の車、銅の車、
鉄の舳(へさき)、銀の舳(へさき)は
突破する、泡だつ波を、
跳ねあげる、茨(いばら)の株を。

曠野の流れと
引潮の数知れぬ車輪の跡は
渦巻きはしる、東に向って、
森の円柱に向って、
その角(かど)が光の旋風にぶッつかる
突堤の胴に向って。

(「近代佛蘭西詩集」より)
※ 新漢字、現代表記に改めました。編者。

堀口大学も
「海景」と訳しています。

海景

銀(しろがね)と銅(あかがね)の戦車群、
鋼(はがね)と銀(しろがね)の舟艇群、
白波を切り
野茨(のいばら)を根こそぎ持ち上げる。

曠野(こうや)の潮流が
引潮の巨大な轍(わだち)が
輪を描(えが)いて、東方へ向い、
森の林立する柱に向い、
角(かど)が光線の渦(うず)になっている
波止場(はとば)の上に立つ柱に向い疾走する。

堀口大学は、

海景 韻文詩から散文詩への過渡の作品。海の風景と野原の景色を交錯させ、二重露出にして作り上げたところに新味がある。

――と語註を付しています。

金子光晴訳は
「海」です。

 白銀と、銅の車輪、
鋼鉄と、銀の舳(へさき)は、
泡を打ちあげ、
荊棘(いばら)の根株をあらう。

曠野(こうや)の奔流と、
曳潮(ひきしお)のおもたい轍(わだち)が、
東をむいて、
並ぶ森の柱廊のほうへ
かどが、光の渦巻で衝(つ)きあたる
波止場の胴っぱらにむかって
ゆるやかな彎曲線(わんきょくせん)をえがく。

鈴木信太郎と小林秀雄の共訳で
「海景」。

銀と銅の車が――
鋼(はがね)と銀の船首(へさき)が――
泡をたたき、――
茨(いばら)の根株(ねっこ)を掘り起す。
荒野の潮流と、
引潮の広大な轍(わだち)は、
円を描いて流れ去る、東の方へ、
森の列柱の方へ、――
突堤の胴中の方へ、
その角は光の渦巻きと衝突する。

(「ランボオ全集Ⅱ」人文書院)
※ 新漢字、現代表記に改めました。編者。

粟津則雄訳は「海景」。

海景

しろがねとあかがねの車が――
はがねとしろがねの車が――
水泡を打ち、――
茨の切株を押しあげる。
荒野の潮流が、
引潮の巨大な轍が
輪をえがきながら東へ流れる、
森に立ち並ぶ柱の方へ、――
突堤に立ち並ぶ幹の方へ、
その角は渦巻く光と衝突する。

※訳者註として

田園の風景と海景とを重ねあわせることによってイメージの運動に爆発的な動性を与えるこの手法は、ランボーがしばしば用いているものだ。この自由詩形は、ランボーが定型韻文詩から散文詩へ移る中間的な形態をあらわしている。

――と付されています。

「海景」は
「飾画篇」の最後を飾るだけあって
特別な位置を占めているようであることが
少し見えてきました。

「自由韻律詩」(エドゥアール・デュジャルダン)などという言い方があることは
先に、宇佐美斉の脚注で知りましたが
粟津則雄が「自由詩形」と言っているのも同じことらしい。

どうやら
「海景」は
ランボー詩が
韻文から散文へ移行していく流れの
早い時期の実践例と見られていたが
最近の研究ではそこまで考えなくてよい、という読みも出ているらしい。

いずれであっても
中原中也の時代から
研究は進んで
さまざまな読みが試みられているということが分かります。

「地獄の季節」から「イリュミナシオン」へ、なのか
その逆なのか、
やがては
詩作を放棄してしまうランボーの
節目の作品ということが「海景」について言えそうです。

(つづく)

 *

 海景

銀の戦車や銅(あかがね)の戦車、
鋼(はがね)の船首や銀の船首、
泡を打ち、
茨の根株を掘り返す。

曠野の行進、
干潮の巨大な轍(あと)は、
円を描いて東の方へ、
森の柱へ波止場の胴へ、
くりだしてゐる、
波止場の稜は渦巻く光でゴツゴツだ。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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