中原中也訳の「首吊人等の踊り」Bal des pendusを読んでみましたが
何度も読んでいるうちに
初めて読んだ時には気づかなかった
リズム感や調子のよさ、歯切れのよさが分かってきて
また繰り返して読んでみれば今度は
ルビの振られ方が
単に「意味」を通じさせようとするものばかりではなく
音感・リズム感を生み出していることにも気づくのです。
◇
たとえば、
おゝ頑丈なそれらの草履(サンダル)、磨減(すりへ)ることとてなき草履(サンダル)よ!……
――というフレーズは、
おゝ頑丈なそれらの草履(サンダル)、
磨減(すりへ)ることとてなき草履(サンダル)よ!……
7-4-4
4-4-7
頭蓋(あたま)の上には雪の奴めが、白い帽子をあてがひまする。
――というフレーズは、
頭蓋(あたま)の上には雪の奴めが、
白い帽子をあてがひまする。
4-4-7
7-7
といったように
意味に深みを与えつつ
ルビの音数で調子を取っています。
草履は
「ゾウリ」の3音ではダメで
「サンダル」の4音であることによって
7-4-4、4-4-7のリズムを刻むのです。
◇
亀裂(ひび)の入(はい)つたこれらの頭に、烏は似合ひのよい羽飾り。
しやちこばつたる剣客刺客の、厚紙(ボール)の兜は鉢合わせ。
さもあらばあれ、死人の踊の、その中央(たゞなか)で跳ねてゐる
十(じふ)の指(および)は腰骨の上、ピクリピクリと痙攣いたし、
冷笑(ひやかしわらひ)によく似た音立て、大腿骨(こしのおほぼね)ギシギシ軋らす、
さていま一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの際中(さなか)、
――も、同じ効果を生んでいます。
( )の中のひらがなの文字数が大事で
ほかの読みにすると
音数律が壊れてしまいます。
繰り返し読んでみると
全行に
この音数律が仕込まれていることに気づきます。
◇
サラヂン 第3次十字軍を相手に戦って勝利を収めた12世紀イスラム教国の君主。
ビエルヂバブ閣下 新約聖書で、悪鬼の長であり、サタンの同義語。ベルゼブルをさす。
容子振る もったいをつける。
ノエル爺(ぢぢい)の音に合せて 古いクリスマスの歌に合わせて、の意。
――などの難解語(句)は
「新編中原中也全集 第3巻・翻訳 本文篇」に
このように語註がついていますから理解できますが、
「絞首台氏のそのほとり」だけは
中原中也独自の「とっつきにくさ」で
「絞首台さん」「ギロチン氏」と解釈するのが
精一杯でした。
◇
初めて読んだ時には
理解に苦しんでも
このようにして
段々、理解できてくる詩があり、
中原中也の訳は
意訳されない分だけ
原詩の「色」のようなものが
褪(さ)めないで立っているのが
すこぶるチャーミングなのです。
◇
現代表記に直した「読み下し文」と
翻訳原詩の両方を
掲出しておきます。
◇
愛嬌のある不具者(かたわもの)・絞首台さんのそのそばで、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客ら、
悪魔の家来の、痩せたる刺客ら、
サラジン幕下のガイコツたちが。
ピエルジバブ閣下におかれましては、ネクタイの中からお取り出しなさいました
空(くう)をにらんで格好をつける、いくつもの黒く小さなカラクリ人形、
さて、それらのおでこのあたりを、古靴の底でポンっとたたいて、
踊らされている、踊らされている、ノエル爺さんの音に合わせて!
機嫌をそこねたカラクリ人形たちは、きゃしゃな腕を絡ませあって
黒い大きなオルガンのよう、昔、綺麗な乙女たちが
胸に着けてた胸当てのよう、
醜い恋のいざこざに、いつまでもぶつかりあっているのです。
うわーっ、陽気な踊り手にゃあ、お腹もない
踊り狂えばなんであろうと勝手よ、大道芝居はたいがい長いさ!
喧嘩踊りか、けじめもつかない!
怒ったビエルジバブは、遮二無二、バイオリンを引っ掻きなさる!
おお 頑丈なそのサンダル、磨り減ることもないサンダルよ!
どのバンタン(カラクリ人形)も、やがてまもなく、ほとんどみんなが肌着を脱いじゃう
脱がないヤツだって困っちゃいない、悪くも思わずケロリとしている。
頭の上には、雪のヤツめが、白い帽子をあてがいました。
ヒビの入ったこれらの頭に、カラスは似合いのよい羽飾り。
彼らの痩せた顎の肉なら、ピクリピクリと震えています。
わけも分からぬ喧嘩騒ぎの、中をソワソワ行ったり来たり、
しゃちこばってる剣客刺客の、ボールの兜は鉢合わせ。
うわーっ、北風びゅーびゅー、ドクロ社会の大舞踏会の真っ只中に!
大きい鉄のオルガンみたいに、絞首台さん、吼えてます!
狼たちも吠えていきます、あっちの方の紫の森。
地平の果てでは天が真っ赤、地獄の色の真っ赤です……
どんなにか忘れてしまいたいぞ、これらの陰気な威張り屋連中、
壊れかかったゴツゴツの指で、血の気も失せた椎骨の上
恋の念珠をつまぐるヤツら、陰険なヤツらなんて忘れたいぞ!
味もヘチマも持ってるもんか、くたばりきったヤツらなんだから!
もうどうにでもなれとばかりに、死者の踊りの、真ん中で跳ねている
狂った大きい一個のガイコツ、真っ赤な天を背景にして。
息も激しく苛立ちのぼせて、後ろの足で跳ね、牝馬(ひんば)のように、
硬い紐を首に感じて、
10本の指は腰骨の上、ピクリピクリと痙攣し、
冷やかし笑いによく似た音で、大腿骨をギシギシ鳴らす、
さてもう一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの最中に、
もう一度跳ねる、掛け小屋で、道化が引っ込む時にやるように。
愛嬌のある不具者(かたわもの)・絞首台さんのそのそばで、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客ら、
悪魔の家来の、痩せたる刺客ら、
サラジン幕下のガイコツたちが。
◇
*
首吊人等の踊り
愛嬌のある不具者(かたはもの)=絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の、痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
ビエルヂバブ閣下事には、ネクタイの中より取り出しめさるゝ
空を睨んで容子振る、幾つもの黒くて小さなからくり人形、
さてそれらの額(おでこ)の辺りを、古靴の底でポンと叩いて、
踊らしめさるゝ、踊らしめさるゝ、ノエル爺(ぢぢい)の音に合せて!
機嫌そこねたからくり人形(パンタン)事(こと)には華車(ちやち)な腕をば絡ませ合つて、
黒い大きなオルガンのやう、昔綺麗な乙女達が
胸にあててた胸当のやう、
醜い恋のいざこざにいつまで衝突(ぶつかり)合ふのです。
ウワーツ、陽気な踊り手には腹(おなか)もない
踊り狂へばなんだろとまゝよ、大道芝居はえてして長い!
喧嘩か踊りかけぢめもつかぬ!
怒(いき)り立つたるビエルヂバブには、遮二無二ヴィオロン掻きめさる!
おゝ頑丈なそれらの草履(サンダル)、磨減(すりへ)ることとてなき草履(サンダル)よ!……
どのパンタンも、やがて間もなく、大方肌著を脱いぢまふ。
脱がない奴とて困つちやをらぬ、悪くも思はずけろりとしてる。
頭蓋(あたま)の上には雪の奴めが、白い帽子をあてがひまする。
亀裂(ひび)の入(はい)つたこれらの頭に、烏は似合ひのよい羽飾り。
彼等の痩せたる顎の肉なら、ピクリピクリと慄へてゐます。
わけも分らぬ喧嘩騒ぎの、中をそはそは往つたり来たり、
しやちこばつたる剣客刺客の、厚紙(ボール)の兜は鉢合わせ。
ウワーツ、北風ピユーピユー、骸骨社会の大舞踏会の真ツ只中に!
大きい鉄のオルガンさながら、絞首台氏も吼えまする!
狼たちも吠えてゆきます、彼方(かなた)紫色(むらさきいろ)の森。
地平の果では御空が真ツ赤、地獄の色の真ツ赤です……
さても忘れてしまひたいぞえ、これら陰気な威張屋連中、
壊れかゝつたごつごつ指にて、血の気も失せたる椎骨の上
恋の念珠を爪繰る奴等、陰険(いや)な奴等は忘れたいぞえ!
味もへちまも持つてるもんかい、くたばりきつたる奴等でこそあれ!
さもあらばあれ、死人の踊の、その中央(たゞなか)で跳ねてゐる
狂つた大きい一つの骸骨、真ツ赤な空の背景の前。
息(いき)も激しく苛立ちのぼせ、後脚(あとあし)跳ねかし牡馬の如く、
硬い紐をば頸には感じ、
十(じふ)の指(および)は腰骨の上、ピクリピクリと痙攣いたし、
冷笑(ひやかしわらひ)によく似た音立て、大腿骨(こしのおほぼね)ギシギシ軋らす、
さていま一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの際中(さなか)、
も一度跳ねる、掛小舎で、道化が引ツ込む時するやうに。
愛嬌のある不具者(かたはもの)=絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
〔一八七〇、六月〕
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。なお、本文中の「そはそは」は、原作では「そは/\」と「繰り返し記号」を使用しています。編者。
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