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2012年6月13日 (水)

中原中也が訳したランボー「タルチュッフの懲罰」Le châtiment de Tartufeその2

中原中也訳「タルチュッフの懲罰」Le châtiment de Tartufeには
珍しくも! 
大岡昇平による同時代訳がありますから
勇んで、それを読んでおきましょう。

大岡昇平は
中原中也にフランス語を習ったことがあり、
それは親から飲み代を引き出すための「策略」だったと回想し、

1週間の間に各自、1篇を訳して見せ合った。私の記憶では中原が「飾画」を、私が「初期詩篇」を受持った。
(角川文庫「中原中也」所収「中原中也全集解説」)

――というように、この「授業」で、
「翻訳の合評」みたいなことをしていたことも明かしていますから、
ウソをついて親をだました、というのとは事情が違うことが分かります。

この時の「翻訳合評」は
二人の文学者それぞれの習練になった、といって過言ではない
貴重な時間になったのです。

この時の訳出が
そのまま決定稿となったわけではないものの
中原中也の「ランボオ詩集」には
これを元に推敲を加えて完成した翻訳が幾つかあり
読むことができるのですが、
大岡昇平の訳が読めるとは
嬉しいことではありませんか!

この翻訳は
「タルチュフ懲罰」のタイトルで
同人誌「桐の花」の昭和5年3月号に発表されています。

原作は、
歴史的仮名遣いである上に
繰り返し記号「/\」を含むなど
再現するのに無理もありますので
現代表記にします。

タルチュフ懲罰
大岡昇平訳

清らかな黒衣の下に愛情深き心臓を掻き立て掻き立て
おててに、手套いそいそと、
歯無の口に信仰たらだら薄黄ろく、
或日、彼は途轍もなく優しく出掛けて行ったが、

或日、彼は出掛けて行ったが――「お祈り」にと――一人の意地悪奴が
荒々しく彼の祝福された耳を引っ捉え、
打湿った皮膚から清らかな黒衣を剥ぎ取って
数々の罵詈雑言を吐き散した。

懲罰か! 着物のボタンはもぎ取られた。
されど赦されたる罪人はだだ長き珠数を心の中に爪さぐり、
聖タルチュフは蒼ざめた。

息きれぎれに彼は祈った懺悔した。
一同は彼の胸飾りを奪って悦に入った。
ほい! タルチュフは頭から尻まで引んむかれた。

(「新編中原中也全集」「第3巻・翻訳・解題篇」より)

「桐の花」は
古谷綱武らが発行する同人誌です。
その昭和5年3月号ならば
「白痴群」第5号が発行され(1月)、
第6号(4月発行)で廃刊になる間のことです。

古谷綱武は
「白痴群」の同人でもありますから
不思議でもなんでもありませんが
中原中也と大岡昇平の仲は
この頃、最悪の事態にあったのですから
大岡が「桐の花」に「タルチュフ懲罰」を発表した経緯も
想像できることです。

現実の事態が
翻訳の中に反映されていることとは
あり得なくもないことでしょうから、
そんなことも知った上で読むことに
支障もまたありません。

 *

 タルチュッフの懲罰

わくわくしながら、彼の心は、恋慕に燃えて
僧服の下で、幸福おぼえ、手袋はめて、
彼は出掛けた、或日のことに、いとやさしげな
黄色い顔して、歯欠けの口から、信心垂らし

彼は出掛けた、或日のことに――《共に祈らん(オレムス)》――
と或る意地悪、祝福された、彼の耳をば手荒に掴み
極悪の、文句を彼に、叩き付けた、僧服を
じめじめの彼の肌から引ツ剥ぎながら。

いい気味だ!……僧服の、釦は既に外(はづ)されてゐた、
多くの罪過を赦してくれた、その長々しい念珠をば
心の裡にて爪繰りながら、聖タルチュッフは真(ま)ツ蒼(さを)になつた。

ところで彼は告解してゐた、お祈りしてゐた、喘ぎながらも。
件の男は嬉々として、獲物を拉つてゆきました。
――フツフツフツ! タルチュッフ様は丸裸か。
                     〔一八七〇、七月〕

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。

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