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2012年6月14日 (木)

中原中也が訳したランボー「タルチュッフの懲罰」Le châtiment de Tartufeその3

中原中也訳「タルチュッフの懲罰」Le châtiment de Tartufeは
「ランボオ詩抄」に収録されず
「ランボオ詩集」で初めて公開されたものですから
昭和11年6月から12年8月頃までの間か、
昭和9年9月から10年3月末までの間かの
どちらかの制作と推定されている詩群の中の一つです。

昭和3年に大岡昇平が「桐の花」に発表した「タルチュフ懲罰」を
中原中也が読んだのか読まなかったのか
実証できることではないようですが
フランス語の個人授業の中で
二人が翻訳の相互批評をした詩の一つであったわけですから
特別の思いが込められていてもおかしくありません。

そんな思いを
翻訳の上に読み取ることはできませんが
思いではなく
Le châtiment de Tartufeの翻訳を担当した大岡昇平が
この時から数年してその翻訳の完成稿を発表し
それよりもさらに6年以上も後になって
中原中也が発表した「タルチュッフの懲罰」は
大岡昇平の「タルチュフ懲罰」とまるで似るところのない翻訳になっていることが
逆に、中原中也がいつかこれを読んだことを物語っているのではないかと
推測されて非常に興味深いことです。

両者の違いを
意識して味わってみましょう。

タルチュフ懲罰
大岡昇平訳

清らかな黒衣の下に愛情深き心臓を掻き立て掻き立て
おててに、手套いそいそと、
歯無の口に信仰たらだら薄黄ろく、
或日、彼は途轍もなく優しく出掛けて行ったが、

或日、彼は出掛けて行ったが――「お祈り」にと――一人の意地悪奴が
荒々しく彼の祝福された耳を引っ捉え、
打湿った皮膚から清らかな黒衣を剥ぎ取って
数々の罵詈雑言を吐き散した。

懲罰か! 着物のボタンはもぎ取られた。
されど赦されたる罪人はだだ長き珠数を心の中に爪さぐり、
聖タルチュフは蒼ざめた。

息きれぎれに彼は祈った懺悔した。
一同は彼の胸飾りを奪って悦に入った。
ほい! タルチュフは頭から尻まで引んむかれた。

(「新編中原中也全集」「第3巻・翻訳・解題篇」より)
※原作は、歴史的仮名遣いである上に、繰り返し記号「/\」を含むなど再現するのに無理もありますので現代表記にしてあります。

タルチュッフの懲罰
中原中也訳

わくわくしながら、彼の心は、恋慕に燃えて
僧服の下で、幸福おぼえ、手袋はめて、
彼は出掛けた、或日のことに、いとやさしげな
黄色い顔して、歯欠けの口から、信心垂らし

彼は出掛けた、或日のことに――《共に祈らん(オレムス)》――
と或る意地悪、祝福された、彼の耳をば手荒に掴み
極悪の、文句を彼に、叩き付けた、僧服を
じめじめの彼の肌から引ツ剥ぎながら。

いい気味だ!……僧服の、釦は既に外(はづ)されてゐた、
多くの罪過を赦してくれた、その長々しい念珠をば
心の裡にて爪繰りながら、聖タルチュッフは真(ま)ツ蒼(さを)になつた。

ところで彼は告解してゐた、お祈りしてゐた、喘ぎながらも。
件の男は嬉々として、獲物を拉つてゆきました。
――フツフツフツ! タルチュッフ様は丸裸か。
                     〔一八七〇、七月〕

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。

単語一つ、似ているところがないことが
見えたでしょうか。

これは
小林秀雄のランボー訳に対する中原中也の態度と
明らかに異なるものです。

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