中原中也が訳したランボー「タルチュッフの懲罰」Le châtiment de Tartufeその4
Le châtiment de Tartufeの日本語訳で
昭和3年に発表された大岡昇平訳が
最も早い時期の訳になるのであれば驚きですが、
断定できません。
今のところ
大岡昇平より早く訳したものが見つかりませんし
戦前の翻訳で公表されているもので
2番手が中原中也訳であるなら
これもまた驚きですが、
これも断定できません。
◇
戦後になってからは
昭和27年発行の人文書院版「ランボオ全集」に
村上菊一郎の「「タルチュフ懲戒」がありますが、
ここでは
昭和26年に新潮文庫に入った堀口大学訳「ランボー詩集」から
「偽善者(タルチユフ)の天罰」を読んでおきましょう。
「月下の一群」で
ランボーを選択しなかった堀口大学が
戦後になってようやくまとめた同詩集は
瞬く間に版を重ね
平成23年時点で88刷という人気ぶりですから
その理由が少しは分かるかもしれません。
◇
偽善者(タルチユフ)の天罰
堀口大学訳
世をいつわりの黒染めの僧衣(ころも)の袖(そで)に
狂おしの恋慕のほむらおしかくし
心いそいそ、行儀よく手袋かけて、気味悪いほど落着いて、
彼奴(かやつ)出掛けた、或(あ)る日のことよ、歯のない口からだらだらと、嬉(うれ)しい涎(よだれ)
彼奴(かやつ)出掛けた、或る日のことよ、――「祈らめ、いざや(オレミユス)」――
さるほどに、悪戯者(いたずらもの)が現われて、抹香(まっこう)臭い彼奴の耳を鷲摑(わしずか)み
あらん限りの雑言(ぞうごん)吐いて、あげくのはては、
冷汗(ひやあせ)びっしょり濡れた彼奴から、世をいつわりの黒染めの僧衣(ころも)をさっとはぎ取った。
天罰覿面(てきめん)!――僧衣(ころも)はさっとはぎ去られ、
重ね来た煩悩(ぼんのう)の罪の数々、数珠玉(じゅずだま)の数ほどわが身に覚えあり
偽善者上人(タルチユフしょうにん)このところ青菜に塩さ!
大あわて、息せき切って、懺悔(ざんげ)するやら、祈るやら、
袈裟(けさ)と僧衣(ころも)を奪い取り、男はさっと引きあげた、
――は、はッ! これでどうやら偽善者上人(タルチユフしょうにん)、一糸まとわぬ裸となったぞ。
◇
戦後発表のことですから
歴史的かな遣いではなく、
文語の使用も抑えていて
どこかモダンな感じを出しています。
*
タルチュッフの懲罰
わくわくしながら、彼の心は、恋慕に燃えて
僧服の下で、幸福おぼえ、手袋はめて、
彼は出掛けた、或日のことに、いとやさしげな
黄色い顔して、歯欠けの口から、信心垂らし
彼は出掛けた、或日のことに――《共に祈らん(オレムス)》――
と或る意地悪、祝福された、彼の耳をば手荒に掴み
極悪の、文句を彼に、叩き付けた、僧服を
じめじめの彼の肌から引ツ剥ぎながら。
いい気味だ!……僧服の、釦は既に外(はづ)されてゐた、
多くの罪過を赦してくれた、その長々しい念珠をば
心の裡にて爪繰りながら、聖タルチュッフは真(ま)ツ蒼(さを)になつた。
ところで彼は告解してゐた、お祈りしてゐた、喘ぎながらも。
件の男は嬉々として、獲物を拉つてゆきました。
――フツフツフツ! タルチュッフ様は丸裸か。
〔一八七〇、七月〕
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。
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