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2012年6月 5日 (火)

中原中也が訳したランボー「オフェリア」Ophélieその3

中原中也訳の「オフェリア」Ophélieの同時代訳に
小林秀雄が昭和8年に発表した「オフエリヤ」がありますから
それを読んでおきましょう。

と言ったものの
江川書房発行の「アルチユル ランボオ詩集」所収の「オフエリヤ」は
「新編中原中也全集」第3巻・翻訳・解題篇に引用されているものを読むと
「ルビだらけ」で読む気を失ないますので
戦後1948年、創元社発行の
小林秀雄訳「ランボオ詩集」収録の「オフェリヤ」を読むことにします。

ランボーの韻文詩の小林秀雄訳は
数が限られていることはよく知られたことで
「オフェリヤ」はその一つですが、
早い時期からシェイクスピアのOphélieに関心を寄せていて
1931年(昭和6年)には、「おふえりや遺文」という題の小説を発表しています。

1600年頃に作られたシェイクスピアの「ハムレット」は
ヒロインOphélieが好んで題材にされて
文芸作品や絵画・美術などの様々な分野で
脚色され翻案されて世界中に広がりましたが
小林秀雄の「おふえりや遺文」も
日本語によるそうした試みの一つと言えます。

小林秀雄29歳の作品で
オフィーリアには
長谷川泰子のおもかげがあることは
多くの論者の指摘するところです。

ランボーの詩を「オフエリヤ」として訳出したのは
昭和8年ですから
「おふえりや遺文」の流れ、
つまり、長谷川泰子が重なっていても不思議なことではなく
そうなると、
俄然、中原中也の「オフェリア」との「三角関係」が
あぶり出てくるような形となってきて
緊張感が生じます。

とにかく
小林秀雄訳の「オフェリヤ」を
読んでみましょう。

オフェリヤ

静かな黒い流の上に、星の群は眠り、
真っ白なオフェリヤが、大きな百合の花のように浮いて行く。
長い面帕(かづき)に寝かされて、静かに静かに浮いて行く。
遠い森の方角には、鹿追う角笛の音がする。

はや千年は過ぎたのか、悲嘆に暮れたオフェリヤが、
幽霊のように血の気もなく、黒い長流(ながれ)を過ぎてから。
心優しい気の狂、恋歌(おもい)は夜風に托されて、
もう千年もたったのか。

風は乳房に口付けし、やすらかに眠る大きな面帕(かづき)は、
花冠(はなかんむり)のように拡がって、
枝垂柳(しだれやなぎ)は肩越しに、身を慄わせてすすり泣き、
夢みるようなその額、気高い額に葦は傾く。

乱れくだけた睡蓮(ひつじぐさ)寄りそいめぐり吐息して、
ぶと、目ざめれば、茫然たる榛(はんのき)の樹陰(こかげ)、
何の巣か、かすかな羽撃(はばたき)の音が洩れる。
誰の歌か、金色の星から歌声がおちる。

ああ、雪のように美しい、色青冷めたオフェリヤよ。
ほんの子供でお前は死んだ、河が流して行ってしまった。
諾威(ノルヴェジュ)の高嶺おろしに吹く風が、
つらい自由をひそひそと、話してきかせた為なのだ。

人知らぬ風が、お前の髪を叩きつけ、
なんにも知らぬお前の心に、怪(あや)しい響きを伝えたからだ。
ああ、樹の嘆(なげき)、夜の溜息、とお前の心は耳を澄まして、
「自然」の声とやらを聞いてしまった為なんだ。

あんまり情愛(なさけ)のありすぎた、怪しい幼(おさない)お前の胸を、
臨終時(いまは)の巨人の喘(あへぎ)のような海の音が、潰(つぶ)してしまった為なんだ。
ある四月の朝のこと、美しい蒼白な騎士が一人、
あわれにも気が狂い、黙(だま)りこくって、お前の膝に座った為なんだ。

天よ、愛よ、自由よ、何たる夢か、ああ可哀そうな気狂め。
お前はあの男を頼(たのみ)にした、雪が火を頼(たのみ)にしたように。

燃える想いが重って、咽喉(のど)がつまったお前なんだ。
――で、恐ろしい「永遠」が、お前の空色の眼をやっつけた。

摘み取った花を捜そうと、夜が来てお前の来るとこを、
星影たよりに、「詩人」は見たという。
長い面帕(かづき)に寝かされて、大きな百合の花のように、
水を行く真っ白なオフェリヤを見たそうな。

(※新漢字、現代かな遣いに改めましたが、送りがなは原詩のままです。編者。)

中原中也訳は
「読み下し文」と
翻訳原詩の両方を
掲出しておきます。

オフェリア

星が眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリアが漂う、大百合か、
漂う、とてもゆるやかに長いネッカチーフに横たわる。
近くの森では、鳴っています、鹿を追い詰めた合図の笛が。

以来、1000年以上です、真っ白の真っ白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、そこを流れ、過ぎた日から数えると。
以来、1000年以上が経ちます、その恋に狂った女が
そのロマンスを夕方の風に、呟いてから。

風は彼女の胸を撫で、水に静かにゆらゆら揺れる
彼女の大きなベールを花の冠のように広げます。
ウィローはふるえて肩に熱い涙を落します。
夢みる大きな額の上に葦の葉が傾いてかぶります。

傷つけられた睡蓮たちは、彼女を取り巻いて溜め息をつきます。
彼女は時々目を覚まします、眠っている榛の木の
中の何かの塒から、すると小さな羽ばたきがして、そこから逃げていきます
不思議な歌声が一つ、金の星から落ちてきます。

雪のように美しい、おお、青ざめたオフェリアよ、
そうだ、お前は死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それというのも、ノルウェイの高い山から吹く風が
お前の耳にひそひそとむごい自由を吹き込んだため。

それというのも、お前の髪の毛に、押し寄せた風の一吹きが、
お前の夢みる心には、ただならない音と聞こえたために、
それというのも、樹の嘆きに、夜毎の闇が吐くため息に、
お前の心は天と地の声を、聞き漏らすこともなかったから。

それというのも、潮の音が、とても大きな喘ぎのようで、
情け深い子供のような、お前の胸を痛めたから。
それというのも、4月の朝に、美しい一人の青ざめた騎手が、
あわれな狂者がお前の膝に、黙って座りに来たためだ。

なんという夢想なのだ、狂った娘よ、天国、愛、自由とは、おお!
お前は雪が火の中にあるように、彼の心をも靡かせた。
お前の見事な幻想は、お前の誓いを責め苛んだ。
――そして、無残な無限という奴は、お前の瞳を驚かせたのだ。

さて、詩人という輩が言うことには、星の光を頼りにして、
かつてお前の摘んだ花を、夜毎お前は探しに来るんだと。
また彼は言う、流れの上に、長いネッカチーフは横たわり、
真っ白白白のオフェリアが、大きな百合の花のように漂っていたと。
                     (1870年6月)

 *

 オフェリア

     Ⅰ

星眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、
漂ふ、いともゆるやかに長き面帕(かつぎ)に横たはり。
近くの森では鳴つてます鹿遂詰めし合図の笛。

以来千年以上です真白の真白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、其処な流れを過ぎてから。
以来千年以上ですその恋ゆゑの狂(くる)ひ女(め)が
そのロマンスを夕風に、呟いてから。

風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
彼女の大きい面帕(かほぎぬ)を花冠(くわくわん)のやうにひろげます。
柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
夢みる大きな額の上に蘆が傾きかかります。

傷つけられた睡蓮たちは彼女を囲繞(とりま)き溜息します。
彼女は時々覚まします、睡つてゐる榛(はんのき)の
中の何かの塒(ねぐら)をば、すると小さな羽ばたきがそこから逃れて出てゆきます。
不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。

     Ⅱ

雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、
さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が
おまへの耳にひそひそと酷(むご)い自由を吹込んだため。

それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、
おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、
それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、
おまへの心は天地の声を、聞き落(もら)すこともなかつたゆゑに。

それといふのも潮(うしほ)の音(おと)が、さても巨いな残喘(ざんぜん)のごと、
情けにあつい子供のやうな、おまへの胸を痛めたがため。
それといふのも四月の朝に、美々(びゝ)しい一人の蒼ざめた騎手、
哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。

何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!
おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。
おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさいなんだ。
――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を震駭(びつくり)させた。

     Ⅲ

扨詩人奴(め)が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面帕(かつぎ)に横たはり、
真(ま)ツ白白(しろしろ)のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。
                〔一八七〇、六月〕

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。

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