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2012年6月 4日 (月)

中原中也が訳したランボー「オフェリア」Ophélieその2

「オフェリア」Ophélieは、
「前期韻文詩」として分類される単独詩のほかに
1870年5月24日付けで
パルナシアンの詩人であるテオドール・ド・バンヴィルに宛てた書簡の中に
「感覚」「太陽と肉体」とともに書き込まれたバリアントがあり
その「オフェリア」のバリアントの末尾には「1870年5月15日」の日付けがあります。

当時、フランス詩壇の中心的位置にあった詩誌「現代高踏派詩集」への
掲載を依頼する内容のものでした。
ランボー16歳、
詩壇へのデビューを果たそうとした野心も見えます。

ランボーの「オフェリア」は
「ラファエル前派」の中心的画家として知られる
ジョン・エバレット・ミレー(1829~1896)の
油彩「オフィーリヤ」に触発されたものという説もあるほど
似ているところがありますが
それは「視覚上」のことであって
ランボーがオフェリアをモチーフとしたのは
水に流されてゆくオフィーリアの「美」とは
違うところにあったことが推察されます。

水死人のイメージは
やがては「酔いどれ船」の中に
重要な要素として展開されることを視野に入れると
「オフェリア」でランボーが描いた死は
「女性の死の美」では
さらさらあり得ず
そのことは
「オフェリア」という詩自体に
読むことが可能です。

たとえばそれは、
「自由」――。

中原中也訳では
第2節第1連に、

おまへの耳にひそひそと酷(むご)い自由を吹込んだため。

――とあり、
同じく第2節最終連に、

何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!

――と、「自由」は現れます。

ミレーの絵に
「オフィーリアの自由」を読み取ることは
至難の技というものでしょうが
ランボーの「オフェリア」という詩は
「自由」を歌いましたし……。

第3節へと向かう
すべての詩行が、

扨詩人奴(め)が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面帕(かつぎ)に横たはり、
真(ま)ツ白白(しろしろ)のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。

――という、最終連のこの4行のために
歌われていることが見えてきます。

第3節の、この4行は
では、何を歌っているのでしょうか――。

一つは、

さて、詩人という輩が言うことには、星の光を頼りにして、
かつてお前の摘んだ花を、夜毎お前は探しに来るんだと。

もう一つは、

また彼は言う、流れの上に、長いネッカチーフは横たわり、
真っ白白白のオフェリアが、大きな百合の花のように漂っていたと。

――という二つのことですが、

一つ目の、
オフェリアが生きているときに
森や野原で摘んだ花を
夜毎探しに来る、ということを「詩人」が主張しているという「意味」と、

二つ目の、
川の流れに広がったネッカチーフにくるまれて
仰向けのオフェリアは白一色の
巨大な百合の花かと見違える形で漂っていた、ということを「詩人」が主張しているという「意味」。

ランボーがここに託した「意味」を探ろうとすれば
「研究者」の眼差しになりそうですが
「答え」は研究者に、
「問い」を問うのは読者に、ということにしておいたほうが
この詩を味わう楽しみを持続できそうなので
ここでは「問う」までにしておくことにします。

「読み下し文」と
翻訳原詩の両方を
掲出しておきます。

オフェリア

星が眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリアが漂う、大百合か、
漂う、とてもゆるやかに長いネッカチーフに横たわる。
近くの森では、鳴っています、鹿を追い詰めた合図の笛が。

以来、1000年以上です、真っ白の真っ白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、そこを流れ、過ぎた日から数えると。
以来、1000年以上が経ちます、その恋に狂った女が
そのロマンスを夕方の風に、呟いてから。

風は彼女の胸を撫で、水に静かにゆらゆら揺れる
彼女の大きなベールを花の冠のように広げます。
ウィローはふるえて肩に熱い涙を落します。
夢みる大きな額の上に葦の葉が傾いてかぶります。

傷つけられた睡蓮たちは、彼女を取り巻いて溜め息をつきます。
彼女は時々目を覚まします、眠っている榛の木の
中の何かの塒から、すると小さな羽ばたきがして、そこから逃げていきます
不思議な歌声が一つ、金の星から落ちてきます。

雪のように美しい、おお、青ざめたオフェリアよ、
そうだ、お前は死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それというのも、ノルウェイの高い山から吹く風が
お前の耳にひそひそとむごい自由を吹き込んだため。

それというのも、お前の髪の毛に、押し寄せた風の一吹きが、
お前の夢みる心には、ただならない音と聞こえたために、
それというのも、樹の嘆きに、夜毎の闇が吐くため息に、
お前の心は天と地の声を、聞き漏らすこともなかったから。

それというのも、潮の音が、とても大きな喘ぎのようで、
情け深い子供のような、お前の胸を痛めたから。
それというのも、4月の朝に、美しい一人の青ざめた騎手が、
あわれな狂者がお前の膝に、黙って座りに来たためだ。

なんという夢想なのだ、狂った娘よ、天国、愛、自由とは、おお!
お前は雪が火の中にあるように、彼の心をも靡かせた。
お前の見事な幻想は、お前の誓いを責め苛んだ。
――そして、無残な無限という奴は、お前の瞳を驚かせたのだ。

さて、詩人という輩が言うことには、星の光を頼りにして、
かつてお前の摘んだ花を、夜毎お前は探しに来るんだと。
また彼は言う、流れの上に、長いネッカチーフは横たわり、
真っ白白白のオフェリアが、大きな百合の花のように漂っていたと。
                     (1870年6月)

 *

 オフェリア

     Ⅰ

星眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、
漂ふ、いともゆるやかに長き面帕(かつぎ)に横たはり。
近くの森では鳴つてます鹿遂詰めし合図の笛。

以来千年以上です真白の真白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、其処な流れを過ぎてから。
以来千年以上ですその恋ゆゑの狂(くる)ひ女(め)が
そのロマンスを夕風に、呟いてから。

風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
彼女の大きい面帕(かほぎぬ)を花冠(くわくわん)のやうにひろげます。
柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
夢みる大きな額の上に蘆が傾きかかります。

傷つけられた睡蓮たちは彼女を囲繞(とりま)き溜息します。
彼女は時々覚まします、睡つてゐる榛(はんのき)の
中の何かの塒(ねぐら)をば、すると小さな羽ばたきがそこから逃れて出てゆきます。
不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。

     Ⅱ

雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、
さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が
おまへの耳にひそひそと酷(むご)い自由を吹込んだため。

それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、
おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、
それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、
おまへの心は天地の声を、聞き落(もら)すこともなかつたゆゑに。

それといふのも潮(うしほ)の音(おと)が、さても巨いな残喘(ざんぜん)のごと、
情けにあつい子供のやうな、おまへの胸を痛めたがため。
それといふのも四月の朝に、美々(びゝ)しい一人の蒼ざめた騎手、
哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。

何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!
おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。
おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさいなんだ。
――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を震駭(びつくり)させた。

     Ⅲ

扨詩人奴(め)が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面帕(かつぎ)に横たはり、
真(ま)ツ白白(しろしろ)のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。
                〔一八七〇、六月〕

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。

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