中原中也が訳したランボー「オフェリア」Ophélieその2
「オフェリア」Ophélieは、
「前期韻文詩」として分類される単独詩のほかに
1870年5月24日付けで
パルナシアンの詩人であるテオドール・ド・バンヴィルに宛てた書簡の中に
「感覚」「太陽と肉体」とともに書き込まれたバリアントがあり
その「オフェリア」のバリアントの末尾には「1870年5月15日」の日付けがあります。
当時、フランス詩壇の中心的位置にあった詩誌「現代高踏派詩集」への
掲載を依頼する内容のものでした。
ランボー16歳、
詩壇へのデビューを果たそうとした野心も見えます。
◇
ランボーの「オフェリア」は
「ラファエル前派」の中心的画家として知られる
ジョン・エバレット・ミレー(1829~1896)の
油彩「オフィーリヤ」に触発されたものという説もあるほど
似ているところがありますが
それは「視覚上」のことであって
ランボーがオフェリアをモチーフとしたのは
水に流されてゆくオフィーリアの「美」とは
違うところにあったことが推察されます。
◇
水死人のイメージは
やがては「酔いどれ船」の中に
重要な要素として展開されることを視野に入れると
「オフェリア」でランボーが描いた死は
「女性の死の美」では
さらさらあり得ず
そのことは
「オフェリア」という詩自体に
読むことが可能です。
◇
たとえばそれは、
「自由」――。
中原中也訳では
第2節第1連に、
おまへの耳にひそひそと酷(むご)い自由を吹込んだため。
――とあり、
同じく第2節最終連に、
何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!
――と、「自由」は現れます。
◇
ミレーの絵に
「オフィーリアの自由」を読み取ることは
至難の技というものでしょうが
ランボーの「オフェリア」という詩は
「自由」を歌いましたし……。
第3節へと向かう
すべての詩行が、
扨詩人奴(め)が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面帕(かつぎ)に横たはり、
真(ま)ツ白白(しろしろ)のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。
――という、最終連のこの4行のために
歌われていることが見えてきます。
◇
第3節の、この4行は
では、何を歌っているのでしょうか――。
◇
一つは、
さて、詩人という輩が言うことには、星の光を頼りにして、
かつてお前の摘んだ花を、夜毎お前は探しに来るんだと。
もう一つは、
また彼は言う、流れの上に、長いネッカチーフは横たわり、
真っ白白白のオフェリアが、大きな百合の花のように漂っていたと。
――という二つのことですが、
一つ目の、
オフェリアが生きているときに
森や野原で摘んだ花を
夜毎探しに来る、ということを「詩人」が主張しているという「意味」と、
二つ目の、
川の流れに広がったネッカチーフにくるまれて
仰向けのオフェリアは白一色の
巨大な百合の花かと見違える形で漂っていた、ということを「詩人」が主張しているという「意味」。
◇
ランボーがここに託した「意味」を探ろうとすれば
「研究者」の眼差しになりそうですが
「答え」は研究者に、
「問い」を問うのは読者に、ということにしておいたほうが
この詩を味わう楽しみを持続できそうなので
ここでは「問う」までにしておくことにします。
◇
「読み下し文」と
翻訳原詩の両方を
掲出しておきます。
◇
オフェリア
1
星が眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリアが漂う、大百合か、
漂う、とてもゆるやかに長いネッカチーフに横たわる。
近くの森では、鳴っています、鹿を追い詰めた合図の笛が。
以来、1000年以上です、真っ白の真っ白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、そこを流れ、過ぎた日から数えると。
以来、1000年以上が経ちます、その恋に狂った女が
そのロマンスを夕方の風に、呟いてから。
風は彼女の胸を撫で、水に静かにゆらゆら揺れる
彼女の大きなベールを花の冠のように広げます。
ウィローはふるえて肩に熱い涙を落します。
夢みる大きな額の上に葦の葉が傾いてかぶります。
傷つけられた睡蓮たちは、彼女を取り巻いて溜め息をつきます。
彼女は時々目を覚まします、眠っている榛の木の
中の何かの塒から、すると小さな羽ばたきがして、そこから逃げていきます
不思議な歌声が一つ、金の星から落ちてきます。
2
雪のように美しい、おお、青ざめたオフェリアよ、
そうだ、お前は死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それというのも、ノルウェイの高い山から吹く風が
お前の耳にひそひそとむごい自由を吹き込んだため。
それというのも、お前の髪の毛に、押し寄せた風の一吹きが、
お前の夢みる心には、ただならない音と聞こえたために、
それというのも、樹の嘆きに、夜毎の闇が吐くため息に、
お前の心は天と地の声を、聞き漏らすこともなかったから。
それというのも、潮の音が、とても大きな喘ぎのようで、
情け深い子供のような、お前の胸を痛めたから。
それというのも、4月の朝に、美しい一人の青ざめた騎手が、
あわれな狂者がお前の膝に、黙って座りに来たためだ。
なんという夢想なのだ、狂った娘よ、天国、愛、自由とは、おお!
お前は雪が火の中にあるように、彼の心をも靡かせた。
お前の見事な幻想は、お前の誓いを責め苛んだ。
――そして、無残な無限という奴は、お前の瞳を驚かせたのだ。
3
さて、詩人という輩が言うことには、星の光を頼りにして、
かつてお前の摘んだ花を、夜毎お前は探しに来るんだと。
また彼は言う、流れの上に、長いネッカチーフは横たわり、
真っ白白白のオフェリアが、大きな百合の花のように漂っていたと。
(1870年6月)
*
オフェリア
Ⅰ
星眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、
漂ふ、いともゆるやかに長き面帕(かつぎ)に横たはり。
近くの森では鳴つてます鹿遂詰めし合図の笛。
以来千年以上です真白の真白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、其処な流れを過ぎてから。
以来千年以上ですその恋ゆゑの狂(くる)ひ女(め)が
そのロマンスを夕風に、呟いてから。
風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
彼女の大きい面帕(かほぎぬ)を花冠(くわくわん)のやうにひろげます。
柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
夢みる大きな額の上に蘆が傾きかかります。
傷つけられた睡蓮たちは彼女を囲繞(とりま)き溜息します。
彼女は時々覚まします、睡つてゐる榛(はんのき)の
中の何かの塒(ねぐら)をば、すると小さな羽ばたきがそこから逃れて出てゆきます。
不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。
Ⅱ
雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、
さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が
おまへの耳にひそひそと酷(むご)い自由を吹込んだため。
それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、
おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、
それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、
おまへの心は天地の声を、聞き落(もら)すこともなかつたゆゑに。
それといふのも潮(うしほ)の音(おと)が、さても巨いな残喘(ざんぜん)のごと、
情けにあつい子供のやうな、おまへの胸を痛めたがため。
それといふのも四月の朝に、美々(びゝ)しい一人の蒼ざめた騎手、
哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。
何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!
おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。
おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさいなんだ。
――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を震駭(びつくり)させた。
Ⅲ
扨詩人奴(め)が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面帕(かつぎ)に横たはり、
真(ま)ツ白白(しろしろ)のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。
〔一八七〇、六月〕
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。
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