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2012年7月26日 (木)

中原中也が訳したランボー「ニイナを抑制するものは」Ce qui retient Ninaその2

「ニイナを抑制するものは」Ce qui retient Ninaは
だって職業(しごと)はどうなンの?
(ダッテ、アタシノシゴトハ ドウナルノヨ?)
――と、ニイナがポツリと喋ったところで終りますが
これでこの男女関係は終ったのか、というと
そうでもないところが不思議なもので
ランボーは
その辺には触れずに詩を打ち切って
読者の想像にその後を委ねます。

その後のことなんて
どうでもよかったのかも知れません。

そんなもの
勝手にしやがれ! って。

俺(オイラ)の台詞(セリフ)が大事だったのですから
やはり、それを読まないことには
何もはじまりませんが
タイトルが「ニイナを抑制するものは」ですから
詩は結末の1行=ニイナの一言を導きだすために
延々とオイラの「独白」を歌ったことには注目しておかなくてはなりません。

ランボーの原詩は
イザンバールが所有していた自筆原稿のほか
「ドゥエ詩帖」にバリアントがあり
こちらのタイトルは「ニーナの返答」Les Reparties de Ninaというのですから
この女性の「返事」がこの詩の最大の眼目であることは
間違いありません。

彼が言うには――

アナタの胸をわが胸の上に、
そうじゃないかい、オイラは行くだろうよ、
鼻の穴、ふくらましてよー、
空は晴々

朝のお天道様、オメエを潤している
酒じゃねえかよー
寒そうな森が、血を流してらあな
恋しさ余って、

枝から緑の滴をたれてよ
若芽を出してら
それをみてりゃあオメエもオイラも
肉が震えるわ

クローバーん中オメエはぶっ込む
なげえ肩掛け
大きな黒目の周りが青みの
なんともいえない別嬪よ、

田舎の、恋する女じゃオメエは
どこへでも
まるでシャンペンが泡吹くように
オメエは笑みを撒き散らす

オイラに笑えよ、酔って暴れて
オメエを抱こうぜ
こーんな具合に――立派な髪の毛じゃ
のんでやろうぞ

イチゴみてえなオメエの味をよ
肉の花じゃよ
泥棒みてえにオメエを掠める
風に笑えだ

ご苦労様にも、オメエを厭わす
野バラに笑えだ
ことさら笑えだ、狂ったあまっこ
こちのひとえだ!
(こっちのものだ!)
(こっちの人へだ!)

,17か! オメエはシヤワセ
おお! ひれえくさっぱら
すっばらしい田舎!
――話なよ、もそっと寄ってさ……

アナタの胸をわが胸の上にだ、
話をしいしい
ゆっくり行こうぜ、大きな森の方さ
雨水の滝の方さ、

死んじまった小娘みてえに、
息切らしてよー
オメエは言うだろ、抱いていってと
目ー細くして。

抱いていくともドキドキしているオメエを抱いたら
小道の中へよ
小鳥の奴めあゆっくり構えて、鳴きしぐれるだろうよ
ハシバミの林の中で。

長すぎるので
今回はここまでにします。

 *

 ニイナを抑制するものは

      彼曰く――

そなたが胸をばわが胸の上(へ)に、
   そじゃないか、俺等(おいら)は行こうぜ、
鼻ン腔(あな)ァふくらましてヨ、
   空ははればれ

朝のお日様ァおめえをうるおす
   酒でねえかョ……
寒げな森が、血を出してらァな
   恋しさ余って、

枝から緑の雫を垂れてヨ、
   若芽出してら、
それをみてれァおめえも俺も、
   肉が顫わァ。

苜蓿(うまごやし)ン中おめえはブッ込む
   長(なげ)ェ肩掛、
大きな黒瞳(くろめ)のまわりが青味の
   聖なる別嬪、

田舎の、恋する女じゃおめえは、
   何処へでも
まるでシャンペンが泡吹くように
   おめえは笑を撒き散らす、

俺に笑えよ、酔って暴れて
   おめえを抱こうぜ
こオんな具合(ぐえィ)に、――立派な髪毛じゃ
   嚥んでやろうゾ

苺みてェなおめえの味をヨ、
   肉の花じゃよ
泥棒みてェにおめえを掠める
   風に笑えだ

御苦労様にも、おめえを厭(いと)わす
   野薔薇に笑えだ、
殊には笑えだ、狂った女子(あまっこ)
   こちのひとえだ!……

十七か! おめえは幸福(しやわせ)。
   おお! 広(ひれ)ェ草ッ原、
素ッ晴らしい田舎!
   ――話しなよ、もそっと寄ってサ……

そなたが胸をばわが胸の上(へ)にだ、
   話をしいしい
ゆっくりゆこうぜ、大きな森の方サ
   雨水(あまみず)の滝の方サ、

死んじまった小娘みてェに、
   息切らしてヨウ
おめえは云うだろ、抱いて行ってと
   眼(め)ェ細くして。

抱いてゆくともどきどきしているおめえを抱いたら
   小径の中へヨ、
小鳥の奴めァゆっくり構えて、啼きくさるだろヨ
   榛ン中で。

口ン中へョ俺ァ話を、注ぎ込んでやら、
   おめえのからだを
締めてやらァな子供を寝かせる時みてェにヨウ、
   おめえの血は酔い

肌の下をョ、青ゥく流れる
   桃色調でョ
そこでおめえに俺は云わァな、
   ――おい! とね、――おめえにャ分らァ

森は樹液の匂いでいっぱい、
   おてんと様ァ
金糸でもってヨ暗(くれ)ェ血色の、森の夢なざ
   ぐッと飲まァナ。

日暮になったら?……俺等(おいら)ァ帰(けえ)らァ、
   ずうッとつづいた白い路をョ、
ブラリブラリと道中(みちみち)草食う
   羊みてェに。

青草生(へ)ェてる果物畑は、
   しちくね曲った林檎の樹が、
遠方(えんぼう)からでも匂うがように、
   強ェ匂いをしてらァな!

やんがて俺等は村に著く、
   空が半分暗(くれ)ェ頃、
乳臭エ匂いがしていようわサ
   日暮の空気のそン中で、

臭エ寝藁で一杯(いっぺェ)の、
   牛小屋の匂いもするベェよ、
ゆっくりゆっくり息を吐エてヨ
   大ッきな背中ア

薄明(うすらあかり)で白ウくみえてヨ、
   向うを見ればョ
牝牛がおっぴらに糞(くそ)してらァな、
   歩きながらヨ。

祖母(ばば)は眼鏡ェかけ
   長(なげ)ェ鼻をョ
弥撒集(いのりぼん)に突ッ込み、鉛の箍の
   ビールの壺はョ

大きなパイプで威張りくさって
   突ン出た唇(くち)から煙を吐き吐き、
しょっちう吐ェてる奴等の前でヨ、
   泡を吹いてら、

突ン出た唇奴(くちめ)等もっともっとと、
   ハムに食い付き、
火は手摺附の寝台や
   長持なんぞを照らし出してヨ、

丸々太ってピカピカしている
   尻を持ってる腕白小僧は
膝ついて、茶碗の中に突っ込みやがらァ
   その生(なま)ッ白(ちれ)ェしやッ面(つら)を

その面(つら)を、小(ちひ)せェ声してブツクサ呟く
   も一人の小憎の鼻で撫でられ
その小僧奴の丸(まァる)い面(つら)に
   接唇とくらァ、

椅子の端ッこに黒くて赤(あけ)ェ
   恐ろし頭した
婆々(ばばあ)はいてサ、燠の前でヨ
   糸紡ぐ――

なんといろいろ見れるじゃねェかヨ、
   この荒家(あばらや)の中ときた日にャ、
焚火が明(あか)ァく、うすみっともねェ
   窓の硝子を照らす時!

紫丁香花(むらさきはしどい)咲いてる中の
   こざっぱりした住居じゃ住居
中じゃ騒ぎじゃ
   愉快な騒ぎ……

来なよ、来なってば、愛してやらあ、
   わるかあるめェ
来なッたら来なよ、来せェしたらだ……

      彼女曰く――

だって職業(しごと)はどうなンの?
          〔一五、八、一八七〇〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。
また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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